境征参加 | ナノ
道場の中からは、恒例の百人組み手の掛け声と、人が倒れていく音が漏れ聞こえている。ちなみに名前はもうこの状況に慣れてしまった。
足元で気を失っている兵士たちを踏まないよう、足を進める。
「幸村呼んでこようか?」
「いや、俺が行くよ」
慶次は軽やかに倒れている兵士たちの間を進んでいった。その後を、懸命に名前が追う。
(足、早! それに身軽だなぁ)
まるで風のように身軽だ。大刀を背負っているというのにその身のこなしは只者ではない。
(……大刀?)
大きな、それはもう大きな大刀が彼の背に括り付けられている。
どうして今まで気付かなかったのだろう。彼女の中で次々と式が進んでいく。
(大刀→探し人→幸村が危ない……!?)
名前は大慌てで慶次を追った。
しかし慶次は今丁度中に入ったところだった。彼女は足元に転がる兵士たちに心中で謝って、彼らを半ば蹴飛ばしながら入り口に走った。
そして中を覗くと、道着姿の幸村は慶次を見てとても驚いているようだった。
組み手を中断して、慶次に歩み寄る。
「前田殿! どうやってここに」
「へへ、名前って子に案内してもらったんだ」
「そうであったか! それにしても久しぶりでござるな! 夢吉殿も元気か?」
「キキ!」
「元気そうで何より!」
中の様子を見て名前は一瞬呆けた。なんともなさそうである。というより、二人は友人であるようだ。
「良かったー……」
壁に寄りかかり、安堵の息を吐く。
そんな名前を発見した幸村は、慶次の隣をすり抜け、物凄い笑顔を浮かべて彼女に駆け寄った。
「名前殿! 鍛錬をしにきたのでござるか?」
「いやいやいやいや、慶次を案内しにきただけだよ」
「そうでござるか……」
「ちょ、そんなに落ち込まなくても」
見るからにしょぼん、とした幸村になんと声を掛けようかと思っていると、にやにや顔の慶次が幸村の肩に手を置いた。
「……幸村さ。後で俺とじっくり話そうぜ。色々と相談に乗ってやるよ」
「!?」
「?」
名前はその言葉に小首を傾げたが、幸村はバッと顔を上げ、赤い顔でしどろもどろになりながら手をぶんぶんと振って否定した。
「な、何がでござるか!? 前田殿は何か勘違いをなさっておるようだ!」
「その顔で言われても、なぁ。夢吉?」
「キー」
「んな……! は、破廉恥なことは許しませんぞ!」
「赤い顔した幸村の方が破廉恥だってー」
「……? 二人とも、何話してんの?」
置いていかれてそこはかとなく寂しい名前は尋ねてみるが、慶次はにやにやと笑ってばかりで教えてくれないし、幸村は顔を真っ赤に染めて訳のわからないことを口走っている。
「何でもないって! な、幸村?」
「そそそそうでござるよ」
「……ま、良いけどね」
これ以上聞くのは無駄みたいである。
「……それにしても、前田殿は何しにここへ?」
復活した幸村が慶次にそう尋ねると、彼はにこりと笑って、背中の大刀を取り外し、肩に担いだ。
「いやな、新しく刀を新調したから、久しぶりに幸村とか佐助とかと勝負したいって思ってさ!」
「そうでござったか! しかし、そんな話は聞いてござらんよ?」
「だって文出してねぇもん」
「では、どうやってここへ入られたのだ?」
「んー……、不法侵入ってやつかな!」
アハハ、と笑う慶次に幸村と名前は唖然とした。
ここまであっけらかんとした不法侵入者は生まれて初めてである。しかも名前はその不法侵入者を案内までしてしまった。
幸村は嘆息する。
「……またまつ殿に叱られるでござるよ」
「ま、まつ姉ちゃんのことは良いって! それよりさ、早く勝負しよーぜ」
まつ、という名前が出た瞬間慶次の顔が引き攣った。
先程話に出たまつという伯母と同一人物だろう。彼にこんな顔をさせるほど、やはりその人物は怒ると怖いようだ。
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