境征参加 | ナノ



(後一週間、かぁ……)


一週間後、彼らはここに三日間とどまり友好を深め、更に今後の展望を話し合うこととなる。
確かにこのご時勢、早ければいいのは間違いないだろう。

それにしても七日で彼は城に戻って甲斐までやってくるのか。だとしたらかなりの強行軍だ。

政宗の居城がどこにあるのかは知らないが、車も電車もないこの時代に一週間で行き帰りできるものなのだろうか。

うんうん唸りながら、とりあえず廊下を歩く。彼女が行くところと言えば自室か道場しかない。

しかし昨日の全力疾走が祟って微妙に足が筋肉痛になってしまった名前は、幸村の熱いお誘いを断ったばかりだ。

という訳で、自室へと足を向けた。


(……今日こそ、掃除するか)


昨夜佐助が大部分を片付けてくれたが、まだ綺麗とはいえないだろう。
ゴミは散らかっていないのだが、あの大量の本をどうにかしなければならない。


(いっそのこと本棚でも作ろうかな)


日曜大工まがいのことだが、本棚くらい頑張ればどうにかできるだろう。

目標を持った名前は燃えた。木材などはすぐ手配してもらえるだろう。何せそこら中に木は生えている。
後は道具だ。


(この時代釘なんてあったかなぁ……)


そんなことを考えてながら歩いていると、ふと足に違和感を感じた。


「?」


足元を見てみると、そこには一匹の。


「……猿?」

「キキ?」


名前の膝あたりに猿がくっついていた。

茶色い毛をしたその猿は小首をかしげながら名前を見上げていた。

小さな服を着て、首には上等な布が巻かれている。人目で誰かのペットと分かった。


「猿なんて飼ってる人いるんだ……」


感慨深げに呟くと、猿は名前は一声鳴いて軽やかに彼女の体を上ると、肩までやってきた。


「うお、素早い。流石猿」

「キキー」


何処か嬉しそうだ。それにしても警戒心がない。
猿は名前の肩で毛づくろいまで始めた。

試しに猿の目の前に手を持っていくと、そちらに移動した。やはりとても懐いている。


「あなたの飼い主は何処?」

「キー?」

「いつも一緒に居る人だよー」

「キー!」


なるほど、とばかりに猿は鳴くと、その小さな手を廊下の先に向けた。

話しかけてみた名前は驚き、とりあえずその手が指し示すまま廊下を歩いた。

その廊下の角を曲がったその瞬間、目の前に壁が現れた。


「うおっ」

「おっと! ごめんよ」


壁は人の背中だったようだ。

快活な声。そして色鮮やかな派手な着物。

顔を上げてみると、そこには人懐っこそうな、けれどとても整った顔があった。その顔はすぐに驚いたものに変わる。


「夢吉!」

「キキィ!」


男がそう呼ぶと、手の上にいた猿は嬉しそうな声を上げて男へと飛び移った。
男は怒ったような、けれど楽しそうな声で猿を叱る。


「お前何処にいたんだよー! 結構探したんだぜ?」

「キィ……」

「それにしても見つかって良かったよー。あんた、ありがとね」


かなりの男前な彼ににっこりと笑いかけられて名前は一瞬見とれていたが、すぐに笑い返した。


「いえ、私はただ付いてきただけで」

「わざわざ連れてきてくれただけでも十分ありがたいって!
 俺は前田慶次ってんだ。で、こいつが夢吉」

「キー」


男――慶次の紹介に応ずるように夢吉も片手を上げる。それが少しおかしくて名前は笑ってしまった。


「んで、あんたはなんていうの?」

「私ですか? えーっと……」


慶次の質問に答を窮してしまった。

信玄との約束で、みだりに名前を教えてはいけないのだった。

しかしドザエモンを名乗るのも嫌であったし、不思議なことにこの男は出会って数分だというのに、彼女に安心感を与えていた。


「……名前っていいます」


せめて苗字はつけないでおいた。

慶次はニカッと笑うと、手を差し出す。


「へぇ、名前っていうのか。よろしくな!」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


その手を握って、名前も笑った。

大きな手だ。信玄よりかは小さいが、それでも名前より大きい。それにやたらとゴツゴツとしている。

何かスポーツでもやっているのだろうか、と心の隅で考える。


猿も渡したことだしと、名前は自室に帰ろうとしたが、慶次はそれに待ったをかけた。

話を聞いてみると、どうやら彼は武田のものではなく、今日は遊びに来たらしい。しかし道に迷っているという。


「真田幸村って奴知んねぇ?」

「あ、幸村なら道場にいますよ」

「じゃあさ、そこまで案内してくんない? ダメかな?」


片目を瞑ってお願いされては、あまり美形に縁も免疫もない彼女は断ることも出来ず、結局道場まで案内することになった。



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