境征参加 | ナノ




「どういうことだ」


佐助の指摘で足の汚れを拭いてから離れの部屋に入ると、政宗は佐助と名前を睨んだ。

名前はあまりの眼光の鋭さに隣りにいた佐助の背に少しだけ隠れた。

もの凄い眼力だ。睨んだだけで射殺せる目があったとすればあんなのに違いない。

しかし佐助は慣れたものである。彼は自分の背に隠れた彼女を見てふう、と息を吐いた後、いつもの胡散臭い笑顔で政宗に笑いかけた。


「治りましたー、って言ったら信じます?」

「Ha! そいつはすげぇjokeだ」


(やっぱだめかー)


どうやら信じそうにないらしい。
佐助は溜息をつくと、背の後ろにいた名前を引っ張り出した。政宗の視線も彼女に注がれる。

真っ直ぐ政宗の鋭い視線を浴びる名前は、引きつりながらもとりあえず笑うことにした。
すると政宗は嘲笑する。


「Ha! その変な笑顔はやっぱりドザエモンだな」


もう二度とその名前で呼んでほしくなかった名前はそこはかとなく傷付いた。

佐助は名前の肩に手を置くと、片手で謝ってみせた。


「見ての通り、この子が大将の客人。騙したのは悪かったけど、そんなに目くじら立てるほどのことでもないっしょ?」

「騙されたのに腹が立つんだよ。別に隠すことでも無かったじゃねぇか」

「うーん。そういえばそうなんだよねぇ」

「ンだそりゃ」


気の抜ける返答に政宗も毒気を抜かれた。

しかし、直ぐにその目に光が点る。


「だが……解せねぇな、どうにも」

「……何が?」

「どうしてそこまでしてこの野郎の情報を隠すんだ? 見たところ、ただのboyだろう?」


ちらり、とこちらを一瞥してそんなことを言った政宗に反論したくなったが、今のは英語だ。反応してはいけない、と彼女は自分に言い聞かせる。


「こんな貧相なガキ、何処かの大名の人質でもなさそうだし」


さっきから彼の言葉がぐっさぐっさと胸に突き刺さってくる。


(ひ、貧相で悪かったな! お腹は豊かだけど胸もないしスタイルだってよくないさ畜生!)


現在彼女の政宗に対しての好感度バロメーターは急下降中である。


「見目も普通だしな。……あいつらの衆道の相手ってわけでもなさそうだ」


(衆道って――うわぁ)


我慢できなくなった名前は頭を抱えた。

もう政宗に対する好感度バロメーターは底を付いたどころかマイナス方面へ突き進んでいる。

今にも床に転がってもだえ苦しみそうな彼女を見て、佐助は大きく溜息を吐いた。


「あのね、そんな訳ないでしょうよ竜の旦那。
 大将と真田の旦那と、あと名前ちゃんの名誉のために言わしてもらうけど、この子は女の子だよ」

「……女? こいつがぁ!?」


素っ頓狂な声を上げて政宗は名前の両肩を掴む。突然のことに彼女は硬直した。

政宗はじとー、と名前の顔を見て、胸元を見て、佐助に振り向いた。


「女顔の野郎の間違いじゃねぇのか?」

「生憎とれっきとした女の子だよ。ねー、名前ちゃん」

「本当かよ……」


疑りぶかい政宗の視線に泣きそうになった。そんなに自分は女らしくないのだろうか。

確かにあんまり女の子としての嗜みはしてこなかったが、そのツケが今回ってくるとは思いもしなかった。


「……OK。一応認めとくが」


(一応!? 何この男! くたばれ!)


内心毒づく名前。もう心はボロボロであった。

政宗は彼女の両肩から手を離すと、佐助と向き合った。


「まだ答えはもらっちゃいねぇ。何でこのbo……girlの情報を隠したがる? 情報を撹乱したのはアンタだってことは分かってるんだ」

(畜生こいつ今間違えやがった!)

「まだ正式な同盟国でもない竜の旦那んとこには、教えらんないなー」


佐助は片目を瞑ってにやりと笑った。


「……つまり、ちゃんと結んでから教えるっつーことだな」

「そゆこと」

「ほう……」


面白そうな顔でそう呟いて、政宗は不機嫌そうに眉を顰めている名前の方に視線を向けた。

それに気付いた佐助が慌てて彼女の肩を抱き、自分の方に引き寄せる。


「名前ちゃんに直接聞こうたって、俺様がついてるからだめだよ」

「チッ」


あからさまに舌打ちをした政宗は踵を返した。


「帰る。……十日後、憶えとけよ?」


至極楽しそうに言った後、彼は名前の方を向き、唇の端を上げて笑った。


「間違われたくなきゃ、もう少し色気のある格好でもしてみるんだな。Good night」


ひらひらと手を振って、そうして彼は自室へと戻っていった。




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