境征参加 | ナノ



この時代に来て早くも三週間が経った。

武田軍での暮らしにも、大分慣れてきた頃合いである。
しかしながら客人設定なので仕事もなければ鍛錬をする必要も無い。

そう。名前は絶賛暇人であった。


ある日、暇すぎてこれは死んでしまうのではないか、と思った彼女は、近くにいた佐助にこの時代の字について教を請うてみると、実は才色兼備な猿飛佐助。さらさらと筆を滑らせて自身の達筆さを明らかにした。


「忍だって手紙とか書かなきゃいけないからねー」

「む……」


さり気ない言葉だが言外に『これくらい出来ないと』というニュアンスが、名前には感じ取られた。

それからというもの、内心複雑だが佐助に頼み込み、時間が空いているときだけ手習の講師になってもらっていた。

そして教え方の上手な猿飛先生のお陰で今ではひととおり読み書きが出来るようになった。

こういうとき、国語が苦手でなくて良かった、と思う。


辛うじてだが字を覚えたので、さっそく読書に取り掛かった名前だったが、この城にある読み物はいかんせん娯楽としての価値がない。

仕方なく比較的役に立ちそうな『史記』や『兵法』を読んではいるものの、連日読みにくい文字を追ってばかりいるので目も疲れたし肩も凝った。


(あー……、ライトノベルとか普通の小説ならこんなことにはならないんだけどなぁ)


実用書は得手ではない名前だった。


「……それにしても……、汚ね」


彼女は肩を解すためぶんぶんと腕を振っていたのだが、周りに置いていた本にぶつかって雪崩が起きた。

しかしそれすらも気にならない程、彼女の部屋は物で溢れていた。

まず本。読める読めないは別で、本があると心が落ち着くため部屋のいたるところにうずたかく積んである。

次にお菓子。これは名前のせいではなく、犯人がいる。


そう。言わずもなが真田幸村である。


彼女が甘味好きと知った翌日から、彼女には毎日のようにお菓子が送られているのであった。

しかも日持ちのするものばかりなので、明日食べよう次食べようと思っていたら部屋の一角を占めるほどになった。


贈り物だから捨てるわけにもいかないし毎日ちょこちょこ食べてはいるが、こちとら消化機能すら普通の人間である。

彼の脅威の消化能力と一緒にしないでもらいたい。このせいでまたお腹周りがふくよかになってしまった。


「……こ、これはニートの部屋だ」


名前はその否定できない事実に恐ろしくなった。このままではいけない。


(掃除、しよう……!)


以前、見るに見かねた清が一日かけて部屋を掃除してくれたのだが、名前はその努力をたかが半日で水の泡にしてしまった。

それ以来清は諦めたのか、部屋にくると崩れている本を積み上げたりお菓子をまとめたりするだけだ。
流石にあれは悪いと名前も思った。

元来彼女は掃除をしない人種である。

たまに気まぐれを起こして定期テストの一週間前にする程度だった。それを友人は現実逃避と呼んだ。

しかし思い立ったが吉日。今やらねばいつやる。自分がやらねば誰がやるのだ。


「おっしゃー。やるぞー」


思い切って立ち上がり、障子を開ける。と、そこに丁度信玄が通りがかった。


「あ。信玄様、おはようございます」

「おお名前。今おぬしを探して……、混沌としておるな」


信玄は彼女に与えた部屋を見てしみじみと呟いた。もう名前は笑うしかなかった。

ちなみによくここに訪れる佐助はもう慣れてしまって、眉一つ動かさなくなっている。慣れとは恐ろしいものである。


「今から掃除するところだったんです。す、すみません」

「そうか。では、別のものに頼もうかのぅ……」


思案顔でぶつぶつと呟く信玄に、彼女は尋ねる。


「何か私に用があったんですか?」


すると信玄は小さく苦笑した。


「いやな、少し城下で買い物を頼みたかったのだが」

「買い物……」


その瞬間、新しい錘が登場して彼女の中の天秤が大きく傾いた。

幸村に連れられてから一度も城下町には行ってない。


「行きます、行かせてください!」

「それはありがたいが、……掃除はどうする?」

「う……」


後ろを振り返るのが怖い。

この汚さ+部屋の広さは今日一日かかること請け合いだ。


「ご、後日必ず……」

「そうか。では頼む」

(そういえばこういう感じでずっと放置してたんだよね……)


という訳で掃除は後日に持ち越されたのだった。



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