境征参加 | ナノ



そういえば首の包帯は風呂に入ったときに外してしまったのだった。


「えっと、これですか?」

「深くないっていっても、浅くもないし」

「あ、そうですね……」


彼女は言われるがまま畳に座り、大人しく顎を上げた。

その喉を佐助は観察する。

風呂あがりで仄赤い首だが、そこに紛れていない一筋の痕。

申し訳程度にかさぶたが張られているが、湯でふやけていて少しはがれている。

痕は残るだろうか。少しだけ、佐助は気になったのだが、顔には何も表情を出さなかった。

忍特製の薬を患部に塗る。
冷たいのか痛いのか、彼女はぴくりと反応したがそれ以上は動かなかった。

作業をしながら、佐助は呟く。


「これ、痛かったっしょ」

「……かなり」

「あはは、正直だね。じゃ、今度は下向いてて」


軽く笑って、包帯で彼女の首を巻く。

痕が残ったら、どうしようか。


「ねぇ。俺様のこと、怖いよね」

「……えっと」

「あ、無理に答えなくていいよ。当然だし」


だってこの子はあんなにも怯えて、あんなにも涙を流していたから。


「……怖かった、ですね」


名前は少し震える声で答えた。

予想の範疇だった。

嘘でも怖くないと言われるよりマシかな。佐助は胸中で考えた。

でも。彼女は息を吸った。


「仕方ないです。分かってます。だから、朝はすみませんでした。目、逸らしちゃって」

(あ。あれな。全然気にしてないんだけど)


苦笑混じりの声で名前は続ける。


「私、すごく臆病なんです。お化け屋敷とか肝試しとかでは一人で歩けないし、誰かと二人で行っても盾にしたり置き去りにしたりするし」

(ひど)

「でも、」


彼女は下を向いたまま静かに、けれど確かに言った。


「怖がってるからって、嫌いっていうわけじゃないです、から」

「――」


不覚にも一瞬、包帯を巻く手が止まってしまった。

そのことに気付いた名前はしどろもどろになりながら言葉を重ねる。


「えっとですね、嫌いとかそんなんじゃなくて……その、」


上手い言葉が見つからなくてうんうん唸っている彼女に、佐助は少しだけ微笑んだ。


「はい、出来た」


包帯を巻き終え、端を結びつける。名前は顔を上げると、首に手をやった。


「わ、上手」

「苦しくない?」

「大丈夫です。ありがとうございます、猿飛さん」


少し嬉しそうな彼女の笑顔に、いつもの笑顔を貼り付けてふざけたように会釈した。


「……こちらこそ、ありがとね」


感謝の内容は、自分だけの秘密にしておこう。

そしてついで、ということで気になったことを頼んでみる。


「あのさ、その呼び方変えてくんないかな」

「……え?」

「ついでに敬語も。猿飛さん、なんて呼ばれ慣れてないから反応しづらくってさ」


そう言った途端、名前あわあわと慌てだした。何だか面白い。


「じゃあ、どういえば」

「佐助、でいいよ。皆そう呼んでるし」


彼女はうっと言葉に詰まった後、何やらモゴモゴと口の中で呟いたが、やがて小さな声で佐助の名を呼んだ。


「……佐助さん」


それが何故か妙に嬉しくて、へにゃっと笑ってみせた。


「さんもいらないって」

「でも、年上だし」

「関係ないっしょ」

「うーん」

「君、一応大将の客なんだし、俺にさん付けはおかしいんじゃない?」

「あ、そっか……」

「まぁ、好きな風に呼んでよ」

「はい」


佐助は立ち上がり、部屋を出ようとする。

その背に控えめな声が掛けられた。


「……さ、佐助。おやすみ、なさい」


消え入りそうな声だったが、佐助の耳にはばっちり届いていた。


「……おやすみ、名前ちゃん」


どんな表情をしているのかを見せることなく、後ろ手をふって佐助は退出していった。




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