境征参加 | ナノ
名前は風呂――この時代では湯浴みというのだろうか――から上がると、さっぱりした気持ちで廊下を歩いていた。
先程清に教えてもらい、浴衣なら一人で着れるようになった。
薄水色の涼しそうな柄の浴衣は見た目だけでなく実際風通しが良かった。
今までいた時代の季節は冬だったが、こちらは初夏らしい。
湯上りで火照った体に夜風が気持ちよかった。
部屋に戻ると、既に布団が敷かれていた。
「さすが女中さん、やるー」
いない相手にそういいながら、彼女は布団に寝転がった。気持ちいい。
しかし、風呂のせいで目が冴えてしまった。そのまま布団の上をごろごろと転がるが、一向に眠くならない。
起き上がり、部屋の中を見回す。めぼしい暇つぶしの道具は無い。
「……暇だ」
ごろごろしながら、天井を見て呟く。
何も考えずにしばらくぼーっとしていると、不意に現代のことを思い出した。
「……あっち、どうなってんだろーな」
もうすぐ丸一日たつ。騒ぎになっているかもしれない。両親は心配しているだろう。なにせ予備校で突然消えたのだから。
胸がきゅうと締まる。しかしそれは寂しさというより、どこか諦めにも似た気持ちだった。
(……庭、見てこよ)
彼女は起き上がり、手近にあった羽織を肩に書け襖を開ける。
縁側に座って空を仰ぐと、数えきれないほどの星が瞬いていた。
「すご……」
空が澄んでいるからか、星が物凄く多く見える。そして何より、月が近かった。
こんな景色、田舎に行ったって見えなかっただろう。この時代と比べると、空気が汚れすぎているから。
空を仰ぐのをやめて、名前は膝に頭を埋めた。
そんな時代でも、今はとても恋しい。
帰りたい。
よくある家庭に、よくいる友達。そんな普通の暮らしが今はとても愛おしく思える。
しばらく膝を抱えていると、頭上から突然声が聞こえた。
「せっかく温まったのに、湯冷めしちゃうよ?」
「、え」
顔を上げた先にいたのは、オレンジ色の髪をしたあの忍であった。
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