境征参加 | ナノ
それにしても、と名前は思う。
こんなに気を遣われるとは、よほど自分は、情けない顔をしているのだろう。
一日目は、出された食事にもほとんど手をつけなかった。つけられなかった、という方が正しい。
これからのこと、武田で過ごしたこと、そして佐助のことが気にかかって頭と胸がいっぱいになっていた。
ほとんどを空を見てぼんやりと過ごした。
大事な人質が、主人の帰りを待つ間に自ら命を絶つのを防ぐ意味もあっただろう。いや、そちらの方が主な理由であるはずだ。
しかしそんな心配をしても、自分は、自分の命を簡単には捨てられない。あの刃物を見た瞬間にそれを悟った。そう考えるだけで全身が震えた。
来訪者がいない時間を見て、衣服の一部で首を絞めようと考えた。しかし、数秒後には苦しみに耐えられず力を緩めてしまう。自分の力が弱いからではない。意志が、弱いのだ。
この時代に生まれ、育った者はそうではないだろう。しかし名前にとって、死はいつも画面の向こうにあった。それも、自死などは。
日頃から考えるような環境にもなかった。
(皆、怒ってるよな……)
怒るどころか、憎んですらいるだろう。あれだけ面倒を見て、世話を焼いて、迷惑をかけて、その結果が敵に捕らわれたなんて目も当てられない。
武田軍の機密情報はもちろん知らないが、それでも外に漏らしていい話など一つもない。
彼は、自分を殺しに来るだろうか。
あの橙色の髪をした忍。
彼のことを考えると、胸がひどく締め付けられる。それと同時に、ほのかに温かくなる心地がした。
怪我の具合はどうだろうか。光秀の鎌の下で、体が動かなかったが、最後に会った時は意識はあった。
大丈夫、大丈夫。
何度も言い聞かせる。
彼はきっと生きている。
そして、きっと、自分を始末しにやってくる。
助けにきてくれるだなんて、甘い考えはもたない。忍は本来、冷酷なものだ。上が是と言えば、何も考えずに是と答えるだろう。
だから、自分はまだ生きていてもいい。生きなければならない。
いつかきっと、彼は自分を見つけるだろうから。
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