境征参加 | ナノ


 部屋から見える景色は、武田にいた頃のものとは大きく違っていた。
はめ殺しの格子の向こうに見える空は薄く曇っている。今にも小雨が降ってきそうな空を、名前はぼんやり眺めていた。

 ここでの生活は五日目に突入していた。城主の織田信長は私用で城をあけているらしい。
面会するまでの間、名前は最初に通された部屋で静かに過ごしていた。

 何もない、殺風景な部屋だ。
もとからここで長期間生活するように作られていないのだろう。寝具の他に、書棚があるだけだ。

そこにある冊子を眺めたり、格子の外の景色を見るのが名前の主な過ごし方であった。

 この部屋に通された時、彼女は死を考えた。持っていた小刀はすでに取り上げられたが、他にも様々な方法はある。このまま、いずれは与えられる死を待つよりも自分で選んだ方がいい。当初彼女はそう考えていた。

 しかし、その度に訪れる来訪者に阻止されている。

 彼女がここにやってきてから、一日に数度三人の来客がある。
森蘭丸という少年と、織田信長の妻である濃と、そしてあの明智光秀である。

 蘭丸は横柄な態度でやってきては、自分も十分に幼いくせに、「お前のような子どもが信長様の何のお役に立てるんだ」というようなことを言って、しばらく彼女の顔を眺めた後出ていく。
その度にいつも何かを忘れていく。最初は小さな干菓子、次はおとぎ話の書かれた冊子。最初は名前も素直に「忘れていましたよ」とそれらを差し出したが、その度にあからさまに不機嫌になる蘭丸を見て、三度目の来訪の際に、それが手みやげであることに気付いた。

 彼なりに、気遣ってくれていたのだろう。そのことに気付いてからは、彼女はなるべく笑顔を浮かべて礼を言うことにした。



「あの、蘭丸様。今回もありがとうございます」



 その時、彼が置いていったものは小さな、かわいらしい顔をした少女の人形であった。
慰めのつもりなのだろう、少年の心遣いが純粋にうれしかった。すると蘭丸は慌てたように「ら、蘭丸が持っていても仕方ないしお前にやる!」と言い捨てて部屋を出ていった。

 そして、織田信長の妻である濃は、非常に美しい女性であった。
なまめかしい足を惜しげもなく晒した着物姿の彼女は、訪れる度に美しい造形の顔に、わずかに寂しげな微笑を浮かべながら彼女の体調を気遣った。



「ここの暮らしはいかが? 何か足りないものがあったら、何でも言ってちょうだい」

「はぁ……」



 なぜここまで気を遣ってくれるのだろう、と疑問に感じるほどに、彼女は親切であった。来る度に「庭に咲いていたから」と小さな花と、些細な世間話をして、彼女は立ち去っていく。

 そして、明智光秀。
彼はこの部屋にやってくるとしばらく居座る。彼は何故かにやにやと人の顔を眺めては、たわいもない話をしてくる。やれ戦でどんな殺し方をしただの、部下が使えないだの、名前はその話に相づちを打つことしかできなかったが、彼は気にせずに話し続けた。

部下を何人か伴っていたが、そのことを一切気にせずに話し続け、果てには部屋に寝転がり「暇ですねぇ」と呟く始末であった。



「あの、明智さん。部下の人が部屋の外で待っているのでは……?」

「いえ、気にしなくともいいのです。あれらは置物と思いなさい」

「いや、それはちょっと……」



 まるで自分の部屋だ、とばかりにくつろぐ光秀に何度そういったことだろうか。しばらくすると部下たちが気遣わしげに部屋をのぞいてくるのを、彼女は申し訳なく思っていた。

 そして、何度も例の本能寺の話を彼女に強請った。余程うれしいのだろう、その話をするたびに身もだえして喜びを表現していた。



「ああ……! 何度聞いても飽きませんね……! 早くその日がくることを願います」



 気持ち悪いくらいに喜びを全身で表しては、ハァハァと荒く息をする彼の姿に、別の意味で恐怖しながら時間が過ぎるのを待った。

 光秀もまた、自分を気遣って話し相手になってくれたのだろう。
それが一方通行であっても、他にやることのない彼女からすれば、気を遣うが、なんとなくほっとする時間であった。

矛盾しているのは彼の持つ異様な雰囲気に気疲れするのと、話題が非常に血なまぐさいためである。


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