境征参加 | ナノ


 ようやく口が利けるようになった忍が伏せている座敷は、窓すらない陰気な部屋であった。
本来、忍に部屋などない。幸村の側仕えであるということで、分不相応な座敷が与えられている。

仕事柄か、彼の部屋はいつも片づけられていた。いや、そもそも物がないといった方が正しいだろう。

 自身でも、分不相応な待遇であると理解しているということもあるだろうが、与えられる任務によっては、朝に部屋をでで、そのまま一生戻らないことも考えられる。忍という仕事は、常に死を意識しなければならない。

 文机すらない、そんな殺風景な部屋の中央で、佐助は布団に座していた。忍装束ではなく、簡素な着物で身を包んでいる。起きあがっているのは、おそらく主が訪問することを察したのだろう。そもそも、部下の部屋に主がおとなうことは異例である。

 着物で大半は隠れているが、首もとまでさらしが巻かれている。肩に大きな傷を負ったことを伝え聞いた幸村は少し顔をしかめただけで、それ以上は聞かなかった。

 部屋の入り口で仁王立ちをしながら顔をしかめる幸村に、佐助は苦笑いで応じた。



「旦那、だめでしょ。忍の部屋に主が直々にやってくるなんて」



 いつもの軽い調子で諫める佐助の顔に生気はない。しかし、彼の纏う空気は異様に鋭かった。戦帰りの者独特の、身を切るような空気。

 幸村は何もいわず、そのままどかっと畳の上に座り込んだ。そんな幸村の様子に、佐助は居住まいを正す。

 そして次の瞬間、布団の脇に体を動かし、上半身を折り畳んだ。



「申し訳ございません」



 額を畳にこすりつける佐助は、傷があることを気にもせず、言葉を続けた。



「主より下された命を遂行できなかったこと、深く謝罪いたします。この身、主のいかようにも」



 幸村が命じれば、この男は一瞬で、懐に忍ばせている刃で自身の喉笛を掻ききるだろう。忍とは、主従関係とは、このようなことだ。与えられた任務を遂行できなかった部下に死を与える主は少なくない。

 しかし幸村は、違う言葉を投げかけた。



「お前の命を奪ったところで、現状は変わらぬ」



 分かるだろう。薄く息を吐いて、幸村は続ける。



「名前殿を織田に奪われたことは紛れもない失態。お前の、忍としての信はすでに地に墜ちた」



 我ながら厳しい言葉であると分かっていながらも、幸村は続けないでいられなかった。



「お前のすべきことは、ただ一つだ。織田に忍び、名前殿を取り戻せ」



 そして、と続ける。



「あの方と共に武田に戻れ。それ以外に、道はないと心得よ」

「承知」



 一瞬の間もなく、言葉が返ってくる。そして、佐助は面を上げた。

覚悟を決めた者が浮かべる表情。血の気の引いた顔だが、目には確かに煌々と火が灯っていた。


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