上手く声が出ない。薬が身体中を巡っているのが分かる。それでも動かそうともがくほど、身体は上手く動いてくれなかった。
見送ってしまった。小さな背中を。
彼女が喉元に刃を刺した瞬間、計算高い己の頭はこう考えた。
「これは良い方法だ」と。
実際、武田と上杉はもはや壊滅寸前であった。幸村と信玄の無事は確認できていたとはいえ、兵士の数は両軍合わせても織田の軍の足元にも及ばないほどに減ってしまっていたのだ。
滅ぶのは時間の問題だった。
そこに石を投げ入れたのは、彼女だった。
あの時、名前が取引をしてくれなければ、間違いなく自分は死んでいたし、自分の主たちも同じ結末を迎えていただろう。
正直、助かったと思った。
思ってしまったのだ。
守ると決めたのは誰だ。
側にいたいと思ったのは誰だ。
不甲斐なさと悔しさが毒のように回る。
どんどん小さくなっていく背中を見送ることしかできない。
血を吐くような思いで、彼女の名前を呟くことしかできなかった。
「名前ちゃん……!」
謝らなくていい。謝りたいのは、自分の方だ。
「必ず、迎えに行くから」
今度こそ、命に代えても。
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