境征参加 | ナノ
それからというもの、「今度は餡蜜」「次は海苔餅」「さあ葛きり!」という風に甘味としょっぱい物の繰り返しが始まった。
胃袋は乙女な名前はこの食い倒れツアーに身も心もへとへとになっていた。
「では最後に、とっておきの饅頭屋に!」
「りょ、了解しましたボス……」
「ぼす? 某は真田幸村でござるよ?」
「(あっやべまた!)す、すみません、真田さん」
「……一つ思ったのであるが」
「?」
それまで元気良く彼女を引きずりまわしていた声のトーンを下げて、幸村はふと立ち止まった。
夕暮れ時の城下町だがぶつかる者はいない。
「某は名前殿と呼ばせていただいているので、その……某のことも、ゆ、幸村と呼んでくださらぬか?」
残念ながら逆光で顔が良く見えないが、きっとまた彼は顔を赤くしているに違いない。
想像して名前はくすりと笑った。
「でも、真田さんはお武家様だし」
「名前殿は、お館様のご友人の姫君でござる!」
「あー……そんな設定だっけ」
「?」
「あ、いや気にしないで下さい。
……分かりました。幸村さん、でいいですか?」
「さん……」
そう言うとしゅん、と幸村はうなだれた。まるで青菜に塩でもかけた風情である。
落ち込み具合が激しい彼を見兼ねて、名前は迷いに迷った後、小さな声で呟いてやった。
「幸村……で、いいんですか?」
「! も、もちろんでござる!」
途端に元気になった彼に、現金だなあと内心思った名前は笑った。
幸村はまだ何かあるようで、もじもじと地面を見ながら草履の先で土を蹴り始めた。
「あと……その、名前殿」
「なんですか?」
「その敬語でござるが、お止め下され」
名前殿の方がお年が上でござろう、と言われて彼女は思い出した。
「そっか、幸村って17歳でしたっけ……」
ふと幸村を見ると、期待したような眼差しでこちらを見ている。
何に期待をしているのか分かってしまって、彼女は苦笑した。
「じゃ、敬語もなしってことで。こんなので本当にいいの?」
「いいのでござる!」
(うわあ、真田幸村と友達感覚)
戦国武将がこんなんでいいのかと一瞬思ったが、幸村は育ち盛りの17歳である。元服は済ませているとはいえ、幸村の性格上、きっと一緒に騒げる友達が欲しいのだろう。お武家様だから、友達も出来にくいに違いない。
一人うんうんと納得していると、嬉しそうな幸村は、再び彼女を連れて件の饅頭屋へと向かったのだった。
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