境征参加 | ナノ



佐助は素早く名前に駆け寄ると、彼女の体を抱きながらその場から高く跳躍した。

そして木の枝に降り立つと、いつもの心配そうな表情で気遣わしげに彼女を見つめる。


「何もされてない? 怪我とかもないよね?」

「……ないよ」

「……名前ちゃん?」


いつもならここで、泣き出しそうな顔で「よかった」などと言いながら自分にしがみついてくるのに。

普段と様子の違う名前にいぶかしげな顔を作るが、今はそれどころじゃない。すぐ真下にいる敵に鋭い視線を送る。


「あんた確か、明智光秀だったよね? 明智の大将が、なんでこんなとこにいるのさ」

「別にどこにいても構わないでしょう」

「別にって……あんたの兵は今うちらと交戦中でしょうが。そんな時に大将がいなくてどうすんの」

「彼らはそれなりにうまくやってくれると思いますし、私の本当の用事はこちらにあったので」

「……!」


佐助はそこで、合点がいった。織田はすでに、この少女の情報を入手している。
その上で、彼女のことを欲しているのだ。


「……どっから仕入れたか今は関係ないけどさ。そんなこと言われてハイそうですかって渡せるわけねーだろ」

「ふふ……当然ですね。でしたら、奪うまでです」


光秀が手にしていた鎌を大きく振ったのと、佐助が跳躍したのとは同時だった。

先程まで佐助たちがいた枝は鎌の風圧で大きく刈り取られていた。

間一髪、逃れた佐助は鎌の威力を計算して撤退を始めた。別に本陣にこだわる必要もない。
彼女が無事であれば今はそれでいいのだ。

迫りくる鎌を躱しながら木の上を走る佐助であるが、中々光秀は引かない。そんなにも重要な命として下されているのか。

このままじゃ埒があかない。
佐助は意を決して思い切り跳躍をすると、一気に光秀を引き離した。

そして木から下りて、きょろきょろとあたりを見まわす。
そこは森の中のようで、いくつもの木がそこかしこに生えている。佐助はさらに小高い丘のようになっている場所まで移動すると、抱えていた名前をここで下した。

そして、丘の中でもひときわ大きな木を指さした。


「名前ちゃん。あそこに大きな木があるの、分かる?」

「……うん」

「あの木はね、中が空洞になっていて、人ひとりくらいなら隠れられるようになってる。俺様、あのみょうちくりんな明智の野郎をどうにかしてくるから、しばらくあの中に隠れててくんない?」

「……うん」


名前は素直にうなずいた。

また彼女の胸に去来するのは、何とも言い難い無力感だった。

自分は、どこまで行っても足手まといだ。
だからこうやって、邪魔にならないように隠れなければならない。
仕方のないことだ。邪魔なものは置いておく。それは仕方ないことなのだから。

佐助の言った通りに大きな木に向かって歩き出すと、不意に袖を引かれた。

何事だと思って後ろを振り向くと、忍は心配そうな表情を浮かべていた。


「本当に、大丈夫? なんか、いつもの名前ちゃんと違うみたい」

「……平気。大丈夫、気にしないで」


ここで、邪魔にならないように待ってるから。

そう言い残して、後ろを振り向かないようにして木に向かって歩いた。

まだ佐助が自分の背を見つめていることに気付いていたが、振り返ろうとは思わなかった。



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