静けさに包まれた本陣内で、名前だけが震えていた。
それは、先ほどの男の死への恐怖や悲しみなどではない。
驚愕だ。彼女はあまりの事実に、震えていたのだ。
おかしい。変だ。いったい、何が起こっている?
自分の知る「川中島の戦い」は、本当にこんなものだったのか。
織田の介入など、「あったこと」なのか?
嫌な、冷たい感覚が胸に流れ込んでくるような気がした。それが冷や汗だということに気付いたのはしばらくしてからだ。
徐々に戦の準備のため騒々しさを取り戻していく周囲に、一人だけぽつんと取り残された名前には、額に浮かんだ大粒の汗をぬぐう余裕すらない。
今、彼女の頭の中には一つのことしかなかった。
織田の襲来。そして、その影響。
もう自分の知る歴史のレールは、失われたのではないか。
それはとてつもなく嫌な想像であったのだが、しかしそれ以外考えられない。
いったい何がきっかけだというのか。
考え始めて、そして気づく。気付いてしまう。
今まで内心、知っていたくせに心の奥に押し込めていたもの。
自分の存在そのものが異端であり、すべての元凶であると。
prev next
back