境征参加 | ナノ
朝も早いと言うのに、夜明けを皮きりに町中には出店が次々に現れ、みるみるうちに昼間相当の活気が満ちてきた。
流石に人も多くなり、政宗の顔は目立つことこの上ないので笠を被ることとなった。
彼はぶつぶつと文句を言いながらも目深に笠を被る。
「お殿様なんですから、そんな顔出してたら狙われますよ」
「馬鹿野郎、返り討ちにしてやるよンなもん」
彼ならば本当に出来そうなところが怖い。
少し不機嫌そうな顔をしていた政宗だが、ひとつふたつ、と店を回っていく内に段々上機嫌になってきた。
それとは対照的に、名前は徐々に疲れを感じてきていた。
「おい名前、見ろよ。舶来もんの面だ!」
「妙な仮面持ってはしゃがないで下さいよ……」
ヨーロッパの仮面舞踏会で付けるような派手な造りの仮面を手にキャッキャしている政宗を、名前は少し引き気味に見ていた。
「店主、いくらになる」
眺めすがめた挙げ句懐から財布を取り出した政宗を見て彼女は大きく溜め息を吐いた。
何に使うんだそんなモン。
「ちょっと……やめましょうよ」
「Ah? 俺の金だ、好きに使わせろ」
「そんなこと言いながらもう3つは買ったじゃないですか」
政宗は、舶来物で自分の些か前衛的すぎるセンスと合致したものをこれまでに3つ購入していた。
海賊の船長が付けるような三角形のド派手な帽子に、西洋の竜を模したくるみ割り人形、そして豪奢かつ金色に輝くレイピア。
共通点は全て派手なことである。
3つとも高価な品々だが、使い道が飾り物としてしかないことは容易に考えられた。
唯一使えそうなレイピアに至っては彼が腰に差している日本刀のほうが切れ味も耐久力もある。
これが俗にいう無駄遣いという奴だろう。
(……片倉さんはいつもこうなのかな)
彼の苦労が身に染みて分かる。
名前の制止など聞かず、政宗は店主と何事か話している。
店の品を見るのにも飽きたので、名前は道行く人々を観察し始めた。
朝方であるので、小さな子どもたちの姿は見えない。男性が多いように思うが、買い物をしているのは女性の方である。
(武田と似てんなー)
今まで武田と前田領の町に出掛けたことはあるが、この町は馴染みのある武田の城下町を想起させた。
町並みは違うけれど、本質的な部分は似通っている。
(あー……なんか)
帰りたいな。
不意に、そう思った。
自分のいた時代ではなく、過ごして一ヵ月も経っていない武田が、妙に恋しかった。
それが何だかおかしくて彼女は小さく笑った。普通は自分の故郷を恋しがるものなのに。
生まれ故郷にはそれなりに愛着はある。
だがきっと、居心地が良かったのだ、武田という場所は。そう思った。一部暑苦しいけれど、何処か温かい場所。
そして何よりも、自分の存在を受け入れてくれた人がいること。
彼らに利用されているのは知っている。明確な証拠はないが、ここに来たのも全て強制的なもの。
でも、それでも。
(帰りたい)
あそこには私の居場所がある。
「おい」
不意にかけられた声に驚いて振り向くと、包みを抱えた政宗がそこにいた。
店主との話は終わったらしく、先程の仮面が包まれている包みを大事そうに抱えている。
「あ……終わりました?」
ぼうっとしていた事が少し恥ずかしくて、照れながら笑った。
そんな名前を政宗はしばらく見つめていたが、ふいっと背を向けた。
歩き去るのと思いきや、そのまま彼女に話し掛ける。
「Homesickに解決策はねぇ」
「……」
(あ、バレた)
さあっと顔が赤くなるのが分かった。
政宗は耳に心地よい低音で、彼女の名を呼ぶ。
「名前」
「なんですか」
「良い町だろう、ここは」
「……そうですね」
即答出来なかったのは、比べてしまったから。
「俺はお前のことはよく知らねぇが、見知らぬ土地で過ごす気疲れくらいは分かる」
「はあ」
「出来るだけ、気ィ楽にしとけ」
「……ありがとうございます」
彼は、名前が先の時代から来たということを知らない。
それでもその言葉は今の彼女に染み込んだ。
危うく流れそうになった涙をゴシゴシと袖でこすって誤魔化した。
「伊達さん、次行きましょ」
「ああ」
この風景もまた、懐かしいと思えるように。
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