境征参加 | ナノ
名前が考え事をしていると、幸村はふと思いついたように手を叩いた。
「そういえば名前殿、先ほど南蛮語らしき言葉を使いましたな。名前殿は伊達政宗殿と面識がござるのか?」
「あ……」
すっかり忘れていた。人前で英語を使ってはいけないとついさっき信玄と約束したばかりだったのに。
大丈夫かと思ったのだが、思ったより自分はカタカナに頼った生活をしていたらしい。
「あー……面識はありませんが、南蛮語、の方を少し習っていました」
「なるほど。名前殿は教養のある女子でござりますな!」
「そ、そんな大したもんじゃないんですけどね」
現代では義務教育にも組み込まれていることなのだ。誰だって知っていることだが、この時代では珍しいことなんだと名前は心に深く刻み付けた。
「ところで、名前殿。某に何か用がござるのか?」
「あー、いや、別に何もないんですけど、真田さんの声が聞こえた気がして、興味本位で見にきただけです。
鍛錬の邪魔しちゃってすみません」
「邪魔などと! 丁度よい休憩になったでござる」
道着の肩で汗を拭いながら爽やかに笑いかけてくる幸村に名前は卒倒しそうになった。
(何というサワヤカ笑顔……)
何かこう、キラキラしたものが汗と共に放出された気がする。
「……ありがとうございます。あの……ついでにお願いがあるんですが」
「なんでござろう」
「しばらくここで見学とかしてても、いいですか? 何もすることなくって……」
名前は苦笑しながらそう言った。
この時代にテレビやパソコン、携帯にゲームなど現代の文明の利器があるはずもない。
本を読もうにも現代とは字が異なり読書すら出来ない。
要するに、暇なのだ。
「や、隅の方でちっさくなってますから。邪魔もしません。……だめですかね?」
幸村の身長は自分よりも高く、見上げながらそう尋ねると、幸村は顔を真っ赤に染めてたじろいだ。
訳が分からない。
「さ、真田さん?」
「も、勿論でござる! でも、ただの鍛錬でござるよ?」
「(あれがか!)い、いや。見てて楽しそうですし」
「では名前殿も混ざりましょうぞ!」
「いえ! それはちょっと遠慮します!」
(確実に死ぬ)
彼女の身体能力は、良くもないし悪くもない。つまるところ普通。
足はそれなりに速いが、陸上部部員ほどではないし、膂力もバレー部や柔道部よりもよくない。
鍛錬と言っても先ほどのレベルだ。受け身もしらない自分は吹っ飛ばされてしまっては頭を打って最悪死んでしまう。
最悪怪我は絶対に免れないだろう。
幸村はにべもなく拒否した名前にしょんぼりしたが、すぐに気を取り直す。
「大したものではござらんが、見ていてくだされ!」
そう言って彼は道場の中へ戻っていった。
名前は草履を脱いで、道場の入り口付近に座った。
降り懸かる火の粉からいつでも逃げられるよう、準備は万端である。
「うぅうおおおおるぁああ!!」
「「「うわぁぁああああ!!!」」」
そうしてまた人が宙を舞った。
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