境征参加 | ナノ
「……お前の言うとおり、ここは引いてやる」
額に冷や汗を浮かべるかすがは、それまで構えていたクナイをおろし、青褪めた表情でそういうと部下と共に一瞬で姿を消した。
佐助の読みどおり、彼女にとって軍神の危機を救うことは最上の使命なのだ。
彼は僅かにほっとして、自分の部下に振り返った。
「お前は真田の旦那のところへ行け。あと、旦那にこのことはまだ言うな。……動揺させることはなるべく避けたい」
言ったところで彼ならば動揺するというより喜んで戦いに励み、成果を上げてくるだろうが。
「御意に。隊長は如何されます」
「……拾ってから行く」
佐助の言葉に静かに頷いた忍は、音も立てずに姿を消した。
気配が遠くに行ってしまうと、冷静を保っていた佐助は一人、盛大に頭を抱えた。
「あーもう! 畜生!」
彼は溜まっていた鬱憤を吐き出すように、盛大に悪態をついた。
かすがに言われる前から、うっすらとだが自分の中にあるその感情に気がついていた。
しかしその感情に名前はなかった。
いや、つけなかった。見ない振りをしていたのだ。
下手に触らないように蓋を閉めてそっとしておいたのに。
なんと、なんと忌まわしいことだろう。
いらいらとした気配をまといながら、木の上から戦場がある方向を見下ろす。
「ごめん、旦那。すぐ戻る」
あのとんでもなく馬鹿で救いようがないほど愚かで、大切な少女を連れて。
佐助はそう呟いて、戦場とは正反対の方向へ足を向けた。
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