境征参加 | ナノ
しばらくして、清と数人の女中たちが膳を持ってやってきた。
「朝餉にございます」
「うむ、ご苦労であった。下がれ」
「失礼いたします」
彼女たちが去った後、名前は朝ごはんを突きながら興味津々の幸村からの質問に辟易することになった。
何処に住んでいたのか、剣術の心得はあるか、年はいくつか、などなど。
答えにくいものは信玄が代弁してくれたため、何とか助かった。
幸村には、名前は信玄の旧友である人物の娘で、しばらくの間ここで預かることになった、と教えた。
勿論全て嘘っぱちである。彼女は自分の父の姿を思い浮かべて苦笑するしかなかった。
武田信玄と旧友。あり得ない。
それにしても信玄は結構真顔で嘘をつくことに彼女は少し驚いた。同じタイミングで、そういえば武田信玄は猛将であり智将でもあった、と思い出す。
しかしこの真田幸村という男、信じやすい性格なのか。少しくらいは疑ってもよさそうなもののすっかり信じきっている。
信玄を敬愛しているようで、彼を見る目がきらきらしている。彼が是といえば全てが是なのだろう。
(犬、みたい)
まるで忠犬だ。信玄に向かって嬉しげに話しかけているのを見ると、名前も自然と笑顔になった。見ていてほのぼのする。
そんな和やかな食事を終えると、幸村は鍛錬をするらしく部屋を辞したが、名前は信玄に呼び止められてしまった。
「少し今後のことで話したいことがある」
「はぁ」
「佐助も出て来い」
「はいはい」
信玄がパン、と手を鳴らすと天井の板がカポンと開いてオレンジ髪の忍――猿飛佐助が顔を覗かせた。
そのままするりと音もなく着地する。その流れるような動作に名前は見とれた。
だが、視線に気付いた佐助と目が合うとものすごい速さで目を逸らした。
少しだけ二人の間に気まずいような、微妙な空気が流れる。
佐助は名前から視線を外し、信玄に向き直る。
「……で、大将。何用すか?」
「お主らに話しておきたいことがある」
信玄は双眸に真剣な光を宿して口を開いた。
「これは儂の憶測だが、もうじき名前のことが各国に知れるだろう。上杉はもうすでに知っておるかもしれん」
「でしょうね。かすがのことだから、こっちの変化はすぐ上杉まで届くでしょう」
(……かすが? てか、上杉って、もしかしてあの上杉謙信? うわ、ライバル登場)
二人が話している内容の半分も理解出来ないが、上杉という名が出てきてわくわくした。
だがすぐに、真剣そのものの空気に背筋が伸びる。
「名前」
「うはいっ」
急に名前を呼ばれて変な返事を返してしまった。信玄は気にすることもなく話を進める。
「本来ならばお主の存在は秘匿しておくものだ」
「はい」
「だが、お主は儂の友の娘御ということになっておる。ないがしろな扱いは出来ん。もう城の者に公表してしまった後であるしな。
して、これからお主は一切、自分の情報を漏らしてはいけぬ」
「……はぁ」
「勿論名前に出自や出身、できれば性別も。……まあ最後のは隠さずとも大丈夫だろうが」
(わぁ喧嘩売られてんのかな!)
「そして、出来るだけ南蛮語も使わない方が良い。……独眼竜に興味を持たれては少々困る」
「気を、つけます」
「うむ。佐助」
「はい」
信玄は佐助に向き直ると仕事の依頼をした。
「出来うる限りでよい。名前についての情報を霍乱してくれ」
「了解しました」
そう返事をして、彼は現われた時と同じように俊敏な動作で屋根裏へと戻っていった。
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