境征参加 | ナノ
「佐助!」
背中の方で呼ばれて振り返ると、赤い戦装束に身を包んだ主君が立っていた。
その顔は何処か堅い。
「お前を探していたのだが、こちらの方で剣戟が聞こえた。大事ないか?」
「え? 俺様には何にも聞こえなかったんだけど」
「何?」
不審な表情で自分を見つめる主に、佐助は飄々と嘯いてみせた。
「旦那の気のせいじゃない?」
「ふむ……お前がそう言うならそうかも知れぬな」
すまぬ、と律儀に謝る主にへらりと笑っていいのいいのと手を振る。
この主には、余計な心配事をさせたくはなかった。
敬愛する人物を暗殺にきた忍がいることを知れば、我を忘れてこのまま敵陣に突っ込んで行くに違いない。
彼には万全の体調で戦に望んでもらわなければならない。
そう。自分が生き残るために。
一人納得するように頷いていた幸村は、不意に我に返ったらしく佐助の肩を掴んで、きた道を引き返した。
ずるずると引き摺られる佐助は主の心理を図りかねて尋ねる。
「どうしたの旦那」
「お館様がお呼びなのだった! す、すっかり失念していたわ」
「……そら急がないとね」
佐助は引き摺られている体勢を立て直すと、既に走り出した幸村に添うように軽く走り出す。
信玄に幸村共々自分も呼び出されたということは、すなわち。
(戦が、始まる)
唇を一文字に引き結ぶ。
数日前に勝手に結ばれた約束を守るつもりはない。
しかし完全に破るつもりもない。
(いっちょ頑張りますかぁ)
出来るだけ安全に。無事に。
会った時に安心させてやれるように。
そうして忍は駆けた。
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