境征参加 | ナノ
誰かが言った。「こいつは只の喧嘩」だと。
千曲川と犀川に挟まれ、その二つの川の合流点となっているここ川中島は、現在2つの軍によってその地を二分されていた。
その二軍とは、言わずもがな上杉軍と武田軍。
知らぬものはいないという程有名な「川中島の戦い」が今まさに始まろうとしていて、肌が粟立つような緊張感が両軍の間を流れている。
その片方――赤の地に四割菱が白く染め抜かれた軍旗が整然と並んでいる、武田信玄率いる武田軍の陣営から少しばかり離れた木立に、猿飛佐助はいた。
戦忍は疲れた顔をしながら木の幹に背を預けている。
一見休憩しているように見えるが、その実予断なく周囲に注意していた。
佐助はそんな状態でゆっくりと伸びをして、木の根元に座り込んだ。
あえて物音を立てながら根の間に座り込む。
未だ武田軍と上杉軍の間に戦闘は生じていない。戦力も将の智謀もほぼ同等。
慎重に機を探らなければならない。
だが水面下では既に戦の幕は開けていた。――それは忍たちによる情報合戦。
そのために、佐助はわざと自らの身を危険に晒しているのだ。
彼は大きく溜息を吐き、伸びをした。眠そうに欠伸までする。
その無防備な喉元に、木の枝葉の隙間から音もなく近づいたクナイが突然突き立てられた。
感触があった。侵入者は薄っすらと微笑む。
だが次の瞬間、ボンという軽い爆発音がして、佐助が居た場所には代わりに藁で作られた人形が置かれていた。
先程のクナイはその人形の喉元に深々と突き刺さっている。
「……!?」
侵入者は慌てて佐助の姿を探すが、何処にも見当たらない。
だがすぅっと喉元が冷える感触がして、とっさに手に持っていたクナイで庇うと耳に痛い金属音がした。
目の端で金の髪が数本散る。
「お、やるね」
飄々とした声音に苛立ちながらも、クナイを弾き返すと同時に飛びずさり、佐助と距離をとる。
「久しぶり、かすが」
「気安く私の名を呼ぶな!」
そう言い放って激昂した金髪のくのいち――かすがは酷く扇情的な格好をしていた。
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