境征参加 | ナノ
奥州へ旅立つ当日の朝。
城の門の前で、女中たちはせかせかと荷物を馬に括りつけてゆく。
それを横目に見ながら、名前は暗澹たる気持ちで出発の時を待っていた。
「名前様、大丈夫ですか?」
「う、うーん……」
青白い顔で、名前は城の入り口で石の階段でへたり込んでいた。
旅支度を整え、時代劇に出てきそうな旅人の女の子のような服装をした清が気遣わしげに名前の背を摩る。
彼女の体調不良の原因は、目の前に在った。
「Heyhey、名前。朝から縁起悪ぃ顔してんなよ」
奥州筆頭、伊達政宗。今日も朝から元気そうである。
形の良い唇に皮肉った笑みを浮かべ、座り込んでいる名前を見下ろしている。
それを見上げながら名前は小さい声で反論した。
「失敬な……誰のせいだと思ってるんですか」
「Ah? そりゃ勿論お前のせいだろ」
「思いっきり伊達さんの責任ですよ……! なんで、なんでまた相乗りなんですか……!」
奥州の米沢城までの道のりを、何故か再び政宗の馬に乗っていかなければならないらしい。
理由は時間の問題らしい。
政宗が引き連れてきた軍勢は皆早馬だ。しかも、もうじき大きな戦が始まる。
それなのに名前に合わせてゆっくりと進んでいたのでは、彼らにとって不都合なことが多すぎる。
「せめて片倉さんの後ろが良いです……」
「どっちも同じだろ。酔うのは」
「何か片倉さんの方が酔わないような気がするんです……!」
「ぎゃーぎゃー言ってねぇでさっさと乗りやがれ」
振り落としちまうぜ、と軽い脅しをかけて馬に乗った政宗は手を伸ばしてきた。
太陽を背にした男を名前は眩しそうに見て、溜息を一つ吐いた。
そうしてゆっくりと立ち上がる。
「エチケット袋がほしい……」
「何か言ったか?」
「いいえ、何でもないですよもう……」
ぶつくさと文句を言う名前は、差し出されたその手を掴んだ。
途端、腕が痛んで馬上に引き上げられる。引き上げられた先は政宗の背だった。
「俺の背中に吐くんじゃねぇぞ」
「そう言われると無性に期待に応えたくなりますね……」
「まあ良い。背中に盾があると思えばな!」
「ひ、酷すぎる」
「ま、せいぜい俺の背中を守ってくれや」
そういって政宗は毎度のように意地悪く笑った。
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