境征参加 | ナノ
翌日、目覚めはすこぶる悪かった。
「おやかたさまぁぁぁああ!」
「ゆきむらぁぁああ!」
「おやかたさぶぁぁああああああ!!」
「ゆきむるぁああああああああ!!」
突然聞こえてきた大声にびっくりして目が覚めた。
何事かと思い布団から出て障子を開けてみると、声は母屋の方から響いているようだ。
声だけでなく何やら物と物がぶつかりあう音や、倒壊音のようなものまで聞こえてくる。朝から物騒なことだ。
彼女は思い出した。ここが自宅でないことを。
そして、戦国時代にいることも。
「しかし朝っぱらから……、戦国時代ってこんな騒がしかったっけ……?」
厳かな武家のイメージがガラガラと崩れていく気がした。いや、もしかしたらこの家だけなのかもしれない。
しかし今はそんなことはどうでもいい。
眠いのだ。すこぶる。
名前は夜更かしは得意だが朝に弱い。おまけに低血圧ときている。頭はいつも以上に回らない上、昨日のせいでみぞおちのあたりがまだ痛い。おまけに首の傷もひりひりするときた。
つまり何をするのも億劫なのだ。
「……もっかい寝よ」
寝癖まみれの頭も気にせず、もそもそと四つんばいで布団に戻る。
まだ温もりが残る布団の中で二度寝するのはまさに至福であった。
再び意識がまどろみへ沈んでいく。
しかし、そこへ誰かがやってきた。
ス、とささやかな音を立てて障子が開かれる。
来訪者に気付いた名前はめんどくさそうに瞼を開き、そちらを向く。
そこには見知らぬ少女が一人いて、畳に正座すると三つ指を付いて頭を下げた。
「朝に御座います、名前様」
「……誰ですか?」
いきなり様付けされてちょっと目が覚めた彼女は上半身を起こした。
名前の言葉に少女は顔を上げる。人形のように可愛らしい顔をしている。歳は自分より下くらいか、と彼女はぼんやりと考えた。
少女はにこやかに笑って、再び頭を下げる。
「清、と申します。どうぞお好きにお呼びくださいまし。本日より、名前様の身の回りのお世話をさせていただきます。よろしくお願いいたします」
「あ、はい。どうもこちらこそ……、って、身の回りの……お世話?」
「そうで御座います。至らぬところもございますが、精一杯頑張ります」
「……よ、よろしく、お願いします」
旅館でもそうそう見られない程に礼儀正しく三つ指をつく清につられて名前も手をついて頭を下げた。
すると彼女は驚いたようで、名前の頭を慌てて上げさせた。
どうやら名前はここの客人扱いで、下女や使いの者に敬語や頭を下げる必要なないらしい。
というか、しないでくれと泣きつかれた。
泣きつかれては従わないわけにもいかない。
彼女に気付かれない程度に、名前はこっそりと溜息を吐いたのだった。
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