境征参加 | ナノ
「無論だ!」
くわっという効果音がぴったりなほど目をむいて幸村は怒鳴った。
あまりの大声に反射的に肩がぴくっと動いてしまったが、すぐに彼女はへらっと笑った。
「ごめんね、心配かけて」
「……錆びは怖いものだと教わらなかったのでござるか?」
顔こそむすっとしたままだが、ようやくいつもの口調に戻った。
幸村はようやく桶から彼女の手を引き上げると、懐から取り出した布で水気を拭う。
血は止まっていた。
名前は苦笑してしまう。
「知ってるよ。でも怪我しちゃったもんは仕方ないじゃん」
「む……、そ、それはそうなのでござるが! そもそも本棚など、作らずとも某が用意したものを……」
最後の呟きは幸村の口内でとどまって名前の耳には届かなかった。
「でも、こうやって幸村が洗い流してくれたお陰で大事には至らないって。痛かったけど。すごく痛かったけど!」
「痛くしたので当たり前でござる」
(この野郎ォ……!!)
痛かったことを強調したのにぷい、とそっぽを向いた幸村を殴りたくなったが、一応恩人なので仕方なく拳を解いた。
「んじゃ、ありがとね」
もういいだろう、と水気を拭われた手を引っ張ったが、外れない。
幸村は依然彼女の手首を掴んでいた。
「まだ終っていないでござる」
「えぇ?」
何をするつもりだ、と怪訝そうに幸村を見つめていたら、おもむろに彼は怪我をした名前の人差し指を口に含んだ。
彼女の頭の中は一瞬で真っ白になった。
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