境征参加 | ナノ
「うお! ど、どこ行くの!?」
走り出した幸村に引き摺られている彼女は質問をしたが、返事はない。
(え。ま、まさか、怒ってらっしゃる……?)
こっそりと顔を仰ぎ見ると、幸村は正面を見据えたまましかめっ面をしている。怒っているかは分からないが、機嫌は良くないだろう。
しばらく引き摺られていると、前方に井戸が見えてきた。どうやら井戸まで連れてきてくれたらしい。
幸村は彼女の腕を離すと、無言のまま井戸に釣瓶を投げ入れた。
そして木の滑車を使ってそれを引き上げると、名前の怪我をした方の手首を掴み、その引き上げた桶の中に突っ込んだ。
冷たい水に一瞬心臓が大きく撥ねた。
「つっめた……!」
痛みよりもまず冷たい、という感覚が脳に来る。
しかし幸村が水の中で傷口に触れると、痛みと冷たさが一挙に伝わってくる。
「ゆ、幸村痛い! 冷たいし痛いって!」
喚きながら身じろぐ名前だが、がっしり腕を掴まれているため逃げるに逃げられない。
「……あんな危ないことをするからだ」
不意にぼそりと彼は呟いた。
それまで無言だった彼が久しぶりに出した声は酷く低かった。
「あんなに血を出して……、痕が残りでもしたらどうするつもりで……」
少し苛立ったように水飛沫を上げた。
相変わらず指先はものすごく痛むが、幸村のいつもと違う雰囲気に名前は暴れるのを止めた。
(あ、れ? この人、幸村だよね……?)
ひくひくと顔を引き攣らせながら、恐る恐る彼の顔をのぞき見る。
目が合った。今にも泣き出しそうな、茶色い目。
その目を見て彼女はようやく気付いた。
(あ、もしかして、これ……)
「心配、してくれてんの?」
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