境征参加 | ナノ
その頃名前は、長らく空けていた自室へと帰る途中であった。
その足取りはいつもより速い。
先程廊下で他の女中とばったり会ったのだが、その女中は彼女の顔を見ると目に涙を滲ませて名前の帰宅を喜び、出来るだけ早く清に会ってくれと頼まれた。
どうやら清は名前が連れ去られたのを自分のせいにしているらしい。
早く帰って誤解を解かなければ、と殆んど駆け足で廊下を走り、ようやく離れの自室へと辿り着いた。
恐る恐る襖を開ける。
中の様子を窺うと、清が俯いてそこに座っていた。
肩を落としている。
名前は眉をしかめて、心配させた自分を少し責めた。
そして深呼吸をして、出来るだけ笑顔を浮かべた。
「ねぇ。清ちゃん」
「え……?」
名前を呼ばれて顔を上げた清の顔は、泣き顔だった。
清は名前を見て目を見開くと、次の瞬間突進してきた。
「ふごっ!」
丁度清の顎が鳩尾辺りにジャストミートしたので彼女は顔を蒼くした。胃が大変なことになっている。
しかしそれを頑張って堪えて、名前の腹部で声を出さずに泣いている清の頭を、髪形が崩れない程度に優しく撫でた。
「ただいま、清ちゃん」
「うぇぇ、名前さまだぁ……!!」
ぎゅう、と締め付けられた。
しかしそれを振り払わず、ぎこちない仕草で彼女は頭を撫で続けた。
「ごめんねー心配かけて」
「ずみまぜんんんん」
「清ちゃんが謝ることないって! 私が悪いんだから」
すると、それまでひくひくと震えていた清は涙に濡れた顔を上げた。そして鋭い目つきで名前を見上げる。
「いいえ、名前様はこれっぽっちも悪くなんてありません! 悪いのはみぃーんなあの賊です!」
「ぞ、賊」
清の物言いに名前はたじろいだが、清はその目に怒りの炎を燃やして拳を握り締めた。
「今度彼奴めがこの城に現れた時は、この清があの賊を成敗してくれます」
「清ちゃん、目が怖いよ……?」
「覚悟しておくがいい、賊め……! フハハハハ」
「き、清ちゃーん!」
戦意に満ち溢れている清に抱きつかれながら彼女は焦ったが、清の涙はもう止まっていたので、まぁいっかと楽天的に思った。
賊こと前田慶次のことを弁解するということは頭から吹っ飛んでいた。
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