境征参加 | ナノ
女性は困ったように曖昧な笑みを浮かべ、座敷はここしかないらしく、申し訳なさそうに相席を頼まれた。
なので渋々、二人は政宗のいる座敷にお邪魔することにした。
座敷の中には政宗のほかに二人いた。
一人は頬に傷のある男で、片倉小十郎といったはずだ、と彼女は頭の中の引き出しを探った。
彼は探るような目でこちらを見ている。その目付きがものすごく怖い。
もう一人は、見たことのない男だ。
整った顔立ちに軽薄そうな格好だが、へらへらと笑みを浮かべている。
けれどその目は、抜き身の刀のような危うい鋭さを持っていた。
ある意味では小十郎よりも怖そうだ。それに気付いた名前はヒィと息をのんだ。
だが、怯える名前の視線に気付いたのか、男はへらへら顔を更に崩す。
「やあ、初めまして。俺は伊達成実。よろしくねぇ」
「は、はい。よろしくお願いします……」
「んでぇ、君。名前はなんていうの?」
「名前、っていいます」
「へぇ、名前ちゃんっていうのかぁー。えへへ」
「はぁ……」
ゆるゆるの笑顔を見せられて彼女は戸惑った。あの鳥肌の立つような光はなくなっていて、気付かれないようにほっと胸を撫で下ろした。
傍らに居た小十郎はあからさまに難しい顔をした。
「成実、もうちっと礼儀正しくしろ。相手は武田殿の客人だ」
「分かってますってぇ。でも、噂のお客さんがこんな可愛い女の子だったとは知らなかったもんで。梵は嘘つきだなぁ」
成実は笑いながら政宗に向かって口を尖らせた。梵、と呼ばれたそれに政宗は舌打ちを返す。
「この前までは童子みたいな格好してたんだよ。てか、その名で呼ぶな馬鹿実」
低い声で悪態をついた政宗は、不意に視線を名前に戻した。
「にしても、上手く化けたな」
にやりと薄い唇に笑みを乗せて、名前の頭からつま先まで眺める。
う、と彼女は身を引いた。じろじろと見られることにはまだ慣れていないのだ。
そんなことよりも、名前は先程の小十郎や成実の言葉が引っかかっていた。
「……伊達さん、もしかして」
「ああ、てめぇの包帯のことか? とっくにばらしたっつーの」
歯を見せてかかか、と笑う彼に名前は泣きそうになった。
「えぇぇ……!?」
「もっとも、小十郎のやつはとっくに気付いていたらしいがな」
「え」
政宗が親指で指した彼を、こっそりと名前は窺い見た。
目が合った。
(コッエー!)
思わず即座に目を逸らしてしまう。
彼はじい、とこちらを見ていた。睨んでいるのか、はたまた只見ているのかは分からないが、その視線には何やら重い威圧感が感じられた。
冷や汗が背筋を伝う。
そしてついでに忘れていた吐き気も込み上げてきた。
「……う」
うめき声をあげ、口を手で覆う。そうして彼女は畳に突っ伏してしまった。頭上で政宗がびっくりしたようであわあわと慌て始める。
「オ、オイ。大丈夫か?」
「大丈夫大丈夫、ただの乗り物酔いだから。あ、座布団一つ借りてもいい?」
佐助は手際よく彼女を転がし、仰向けに寝かせた。
そして小十郎が差し出した座布団を枕代わりに頭の下に差し込む。
「あ、ありがと、佐助……」
「お茶飲めるようになったら起きといで」
「うう、お母さーん……!」
「なんなら今アッツアツのお茶飲ましてあげようか?」
「すみません」
顔の数十センチ上に湯のみをちらつかされて、大人しく引き下がる。
今の体勢で上から熱々のお茶を掛けられてはひとたまりもない。阿鼻叫喚地獄になること請け合いだ。
(ドSめ……)
名前はしばらく大人しく黙って横になることに決めた。
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