境征参加 | ナノ
いつもの風景だ。
朝起きて、欠伸を噛み殺しもせずに目を擦りながら嫌々ながらも学校に行く。
友達に会って「おはよう」っていって、面倒な授業を受ける。適当にノートをとって、居眠りをして、注意されて、照れ笑いして。
いつもの風景だった、もの。
多分もう、戻れないはずの。
友達。親。先生。道往くあの人。皆を包む風景が全部。
全部、まるでガラスが割れるように嫌な音を立てて崩れていく。ガラガラ。ガラガラ。
残ったのは一人だけ。
私、一人。
私の、せいだ。
「――名前ちゃん」
遠くから名前を呼ばれて、意識は急速に浮上していく。
だんだん体に力が戻ってきて、名前はすぐに、不本意ながらも横抱きで運ばれていることを思い出した。
「……あ、え? ねて、た?」
「うん。うなされてた。やな夢見たの?」
「……ん」
戻ったばかりの意識はぼんやりとしていて、上から降ってくる穏やかな声に気を抜いたら涙が零れそうだった。
(こわい、夢だったなあ)
怖い夢だった。全てが壊れて崩れる夢だ。
目を擦りたかったが、化粧をしていることを思い出してやめた。どんな顔になるか分からない。
最初はあまりの高度に緊張してかちこちになっていたのに、気付いたら居眠りをしているなんて。自分の神経の太さが少し嫌になって自嘲した。
それを見た佐助は何か言おうとしたが、何も言わずに代わりに気を遣う言葉を発した。
「……大丈夫?」
「うん、大丈夫」
何事もなかったかのように彼女は明るく笑った。
佐助もそれに笑い返し、さり気なく話題を変えた。
「しっかし、起きてくれて助かったよ。俺様の首にずっとしがみ付いてたでしょ?」
「うん」
「唸り声上げながら首絞められたんだけど」
「マジでか」
「うん。一瞬死を覚悟しちゃった」
しっかりしてよー? とくすくす苦笑する佐助につられて、彼女もごめんねと謝ってから笑う。
「ほんとに道連れになるとこだったね」
「ほんとだよ。俺様が死んだら名前ちゃんも一緒だもんな。まさに一心同体」
「うわ、やな響き」
「ねぇ落としていい?」
「首持ってくよ」
「やっぱやめとく」
軽口を言い終わった後、堪えきれずまた二人は笑った。
視界が滲んだのは、笑いすぎたことにした。
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