境征参加 | ナノ
男の出した名前に聞き覚えがあった。それはもう、聞き覚えがありすぎた。
何といったって、ついさっきまで名前はその名前とにらめっこをしていたのだから。
「えっと……、いくつか質問しても、よろしいですか……?」
眉間に皺を寄せてこめかみを解す名前に、信玄は頷いた。
「えっと……、確か武田信玄といえば、上杉謙信の宿敵で川中島で戦って……、風林火山の人で、幼名が勝千代で、えと、甲州なんたら次第を制定した歴史上の人物、ですよね?」
「何だ。よく知っておるではないか。しかも幼名まで」
「授業で覚えさせられたもので……。後大河ドラマと」
そういえば毎週楽しみにしていた記憶がある。
「(たいがどらま?)……ていうかさ、歴史上の人物ってのは酷いんじゃない? まだ大将生きてるっしょ」
佐助の言葉に、思わず名前は彼を振り返った。
「生きて、る……」
「何言ってんの。君の目の前に、今いるじゃない」
がばっと彼女は信玄を見つめた。
「た、武田さん。貴方は、」
「お主の言うとおり。春日の上杉謙信の宿敵で、奴とは川中島で幾度か剣を交え、風林火山を軍規にし、幼名が勝千代の、甲州法度之次第を制定した甲斐の虎とは、この儂のことよ」
一言ずつ区切って、彼は言い切った。
名前は意識が飛びそうになった。頭が痛い。情報処理能力が追いつかない。
待て待て、武田信玄の熱狂的ファンで彼の出自も何もかもを網羅しているという可能性があるんじゃないか。
そうして、名前は最終手段に出た。
「武田さん、つかぬ事をお聞きしますが……今は平成20年ですよ、ね? 21世紀ですよね?」
どうかどうか、頷いてくれ。
心の中でそう神に祈ったが、しかし。
「へいせい20年? 21せいき? 何を申しておる。今は戦国乱世。まぁ一応、永禄3年であるがな」
ああ。神よ。
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