翳る首すじ | ナノ

∇ 翳る首すじ


 取りこんだばかりの、西日の温度をありったけに吸いこんだ洗濯物が、リビングのラグにこんもりと積みあがっている。降谷と春市は並んで腰を下ろし、その山を一枚ずつ切り崩す。おおまかに畳みつつ、降谷の服、春市の服、タオル類、しまう場所や用途別にそれぞれに仕分けする。
 ソックスの相方を探しだすのにもたついたり、ひとまわりかふたまわり小さなシャツの両肩を掴んで広げたまま首を傾げたり、挙げ句には見るからにふんわりとした厚手のバスタオルに抗えずに顔を埋める降谷を横目に捉え、春市の唇は緩やかな弧を描いた。日常のささやかな情緒に満ちた夕暮れ、つまらない小言を落とすのは、野暮というものである。
 ことさらになにをしたわけでもない。陽の高くなるまで、たがいの心音を感じながら微睡んでいた。それから朝食と昼食を兼ねた食事を摂り、溜めていた家事をこなし、読みかけの本のページを数チャプター分捲ったら、もうこの時間だ。なにをしたわけでもないが、腹は空く。また、夕食の心配をしなければいけない。
 生きるとは、それだけでなんと厄介なことなのだろう。けったいな話だ、その一場面のもたらす幸福で折れそうになっている。
「夜、ハンバーグでいい?」
「うん」
「あ、でも玉ねぎないや。スーパー行かなきゃ」
「……」
 たったひとつの品物を手に入れるための買い出しでも、降谷はきっと付いてくる。どこまででも、付いてくる。確信は、春市を強気をどうしてか煽った。
 手からバスタオルを奪い、そこへぐいと身を押し付ける。腿に乗りあげれば、目元の肌にあたたかさが差す。さらにそのまま体重を傾ければ、しっかりとした肩や美しく伸びた背はたやすく沈んだ。髪を床に散らばし目を見張る表情、そこから滲む機微を、顔の横に手をついて逸らすことを許さず、まっすぐに眺める。
(降谷くんなんて、だいっきらいだよ)
 窓の外の陽や染まった頬より真っ赤な嘘に、降谷はこの世の終わりのごとく青ざめ、呆然とするのだろう。言葉にならない理不尽や悲しみを込めて、ぎゅうと両手を握りしめてくるのだろう。眼前の彼も、空想の彼も、まるでわかっていない。そういういじらしさが、春市の胸をなす術なく締めつけるのだということすら知らずに、戸惑いながら腰にてのひらを滑らせてくる。
 一年のうち、今日しか口走れないせっかくの台詞はついに形にならない。いっそのこと塞いでしまおうと近づき触れる寸前、すうと目蓋を閉じる睫に揺れた安堵がかわいい。



おわり

エイプリルフール小話。4/1ということで、はるふる風味。2013.04.01

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