くり返される密やかな | ナノ

∇ くり返される密やかな


 布が擦れる音がして、背中がふわりとあたたかくなる。
 降谷が項に落とす口づけの雰囲気ひとつで、軽くじゃれついているだけなのか、はたまたそれよりもずっと深い触れあいを求めているのか、汲み取ることができる。今のはきっと後者だ、春市は少し身構えた。
 スプーンがふたつ重なっているような体勢で、横たわっている。降谷は腹に回した腕で春市を引き寄せ、さらにぴったりと貼りついた。耳元を掠める溜め息は熱く、悩ましい。ついさっきまでのありふれた会話はどこへやら、いつの間にこんなに温度をあげたのだろう。降谷の中にはちゃんとあるのかもしれない脈絡を、春市はうまく見いだせない。
 意識の集まる耳のふちに、舌の先が這う。シャツの裾から潜りこんだ手は、素肌を確かめるように彷徨う。触れられる傍からぞわぞわした感覚が生まれ、身体のすみまで侵食してゆく。
 目蓋をぎゅうと閉じて、唇を固く結ぶ。震えだしてしまいそうなのを、そうすることで耐えていたが、とうとう音をあげて振り返った。降谷の首に両腕を回し、それから意を決したやや大胆な所作で口づける。自分から仕掛けたくせに、まるで不意打ちを食らったかのように頬が赤くなっていく矛盾は、薄闇にごまかされてくれないだろうか。頭の後ろに添えられた大きなてのひらが髪を乱す。主導権が入れ替わったときに、わずかな声を含んだ吐息がこぼれた。
 首すじから鎖骨まで伝った唇は、突如へそへ飛んだ。赤ん坊をあやすようにそこに息を吹きかけられて、思わず身じろぐ。
「ははっ、降谷くん、」
 くすぐったい。訴えはすんでのところで、真剣な声に遮られる。
「春市」
「ん、なに?」
「今日、してもいい……?」
 なんの前触れもなく勝手に始めておいて、今になって差し迫った表情で間の抜けたことを訊ねる降谷にじわりと優しい気持ちが滲む。降谷が染みこませた温度はすでに、春市の熱を呼び覚ましてしまった。
「今更だよ」
 後戻りできないのはお互い様だ。 
 シャツをたくしあげながら、晒された素肌には絶えることなく口づけが落ちる。一定の間隔をもってエアーコンディショナーから流れる涼やかな風はふたりの輪郭をなぞり、その度にコントラストがはっきりする。降谷が心臓のすぐ上に顔を寄せるから、いつもよりもうるさくて速い鼓動が伝わってはいないか心配で春市はますますどきどきした。
 薄く色づいた胸の尖りに柔らかな唇が吸いつく。固く浮きあがってきたころに軽く歯を立てられて、身体が大げさに波打つ。驚いた様子で、降谷が顔をあげた。
「あ、ごめん……痛かった?」
「痛いとかじゃっ」
 咄嗟に否定しかけて、痛いことにしておけばよかったと後悔する。さすがの降谷でも、その言葉の裏にある意味が読めてしまったようだった。何事もなかったかのようにふたたび顔を埋める。与えられる刺激にあまく痺れて、めまいがする。
「声、我慢しなくていいから」
「……っ」
 呼吸を荒くしながらも、なんとかやり過ごす。春市を気遣うというより、声が聞きたいがためにそんな台詞を吐いた降谷はそれが気に入らない。ならば、と不意にハーフパンツに手をかけ、下着もろとも素早く取り払う。
「わ……!」
 隠しようのない変化を急に暴かれて、春市は恥じらい動揺し縮こまってしまった。そんな仕草をかわいいと思いながら、そっと膝を割って身体を滑り込ませる。視線から逃げるように横を向いている頬に軽い音を立てて口づけ、ゆるく立ち上がるそれをてのひらで包んだ。
 どちらが普通なのか定かではないが、春市は快感に弱く感じやすい。決して器用とは言えない愛撫にもきちんと感じている春市に、降谷の思考は霞む。相手が降谷だからこそ敏感になってしまうのだ、そもそも降谷でなければこんな風に委ねたりはしない。霞んだ思考はその事実をうっかり失念していたが、春市がとくによろこぶ愛撫は忘れていなかった。
「あ、あ……っ」
 先端を親指で強く擦れば、待ち望んでいた声が心地よく鼓膜を揺らし、透明の雫が溢れだす。背中に縋りつく両手が降谷のシャツを握りしめて、限界が近いことを伝えた。
「ふ、降谷くん……」
「いいよ」
「…はぁ……ん!」
 白い液体を迸らせてあっけなく果てた瞬間に頬にきらめいた涙を、降谷は指の腹で拭った。いつもはすべらかな肌は汗ばんでしっとりとしている。春市の息が整うのも待てずに、次の段階へと事を進める。ローションを足して滑りをよくした指の先を、まだ固く閉ざしているそこに差し入れた。直に触れた内側は心音に合わせて脈打っていて、早く入りたい衝動が一気に膨らむ。顔色を窺いながら、さらに奥に指を進める。
「春市、平気……?」
「ん………、あっ」
 指の角度を変え、腹側にあるいいところを軽く擦れば、ひと際はっきりした声がこぼれる。乱れているのを覆い隠したくて、あるいは意味すらわからずに、近くのブランケットを手繰り寄せようとするのを、手首をシーツに優しく縫いつけてやんわりと阻止する。内側に触れる指の数を見つからないように増やした。
「ふ……、あ、あぁ……っ」
「ここ?」
「んん!」
「かわいい」
「う、うるさい」
 はね除けるような言葉を放ったにも関わらず、指を抜いて離れると不安そうにする。視線は絡ませたまま、降谷は鬱陶しそうに纏う服を脱ぎ去った。包み隠さぬ姿で覆いかぶさる。問いかけもせずに押し入ってしまいそうになるのを必死にこらえどうにか、いい?とひと言訊ねれば、春市はうんと言うでもなく頷くでもなく、降谷を両腕で引き寄せた。
 誘われるがままに溶け合って、ふたりの人間が近づける物理の限界に挑戦する。もともと受け入れるために作られていない器官の強すぎる締めつけに降谷は一瞬顔を顰めたが、短い呼吸をくり返して受け入れようとがんばる春市を目の当たりにして思い直す。
 傷つけないよう浅くゆっくりと揺さぶっているうちに、強ばっていた身体はほどける。苦しそうだった声に、ふたたびあまさが混ざりはじめる。こんなに近くにいるのに、ふたりしかいないのに、何度も名前を呼ぶのはそれがきっとうわ言だからに違いなかった。
「降谷くん、……降谷くん……っ」
「春市……っ」
 顎の先から滴った汗は、春市の首すじを滑ってシーツに消える。感じている顔がどうしてもちゃんと見たくて、降谷は桃色の髪をかきあげた。
「……!」
 露になったのは、蕩けきった双眸だ。ふだんの凛とした色は影を潜め、切なさをいっぱいに湛えている。
 目は口ほどに物を言う、とはこのことだった。ときに厳しいことをさらりと平気で口にするくせに、色恋沙汰になるとしおらしく口を閉ざす春市だからこそなおさら、降谷が受ける衝撃は大きい。見つめたまま惚けていたら春市が不思議そうに瞬きをして、我に返る。恭しく目元に口づけたときになってようやく心情を理解したらしい、照れたような表情をする。降谷のまっすぐな眼差しにおなじく惚けていたのは、小さな秘密になる。
 揺らぐ世界から転げ落ちないようにするのが、せいいっぱいだった。

 ぴちゃん。浴室の天井に積み重なった湯気がやがて粒となり水面に波紋を描く、その情景を狭いバスタブにふたりでどうにか収まって眺めている。求めあってべたべたになった身体はすっかり綺麗だが、最中の雰囲気はそう簡単に取り除けるものではない。どちらからともなく目が合った。
「さっきの……、よかった?」
「なんでそんなこと聞くの?」
「いいから答えてよ」
「……よかったよ」
「(じーーん)」
「もしかして、これが聞きたかっただけ……?」
「ばれた?」
「うん。意味わかんないけど……」
 けだるくて頭がよく働かない。春市は降谷の肩に凭れた。



おわり

このふたりはだらだらしてるのが一番似合うと思うのですが、たまにはえろもいいですかね。2012.08.07(2012.11.14改)

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