
没分暁漢

ルクレツィアはプエルト北部に居城を構える、とある貴族の出身である。しかし当時それは既に名目だけの身分であり、家計は極めて苦しいもので一家は路頭に迷う寸前であった。
金策に困り果てた両親は数多の伝手を辿り、未だ少女であった彼女の後見人を模索した。しかし可憐な見目であるルクレツィアに課せられた条件は当然ながら、汚い欲に塗れたおぞましいものばかり。
暫しの時を経た後、偶然、ヘルガヒルデの耳にも届いた。
前述のように国法で人身売買は禁じられているが、ルード家当主であるヘルガヒルデの世間への影響力は、凄まじい。
キャンベル王家よりもヴェラクルース神使一族の支持率が高い事も相俟って、ルクレツィアの事情を慮り多額の金銭と引き換えに彼女を請け出したヘルガヒルデを糾弾する者は一人もいなかった。
一族を、除いては。
『俺は自分の是非を、神に問う。況してや、手前ら如きの法で裁ける俺じゃねえ。』
彼等をそう撥ね付けて機知と天性を垣間見せたヘルガヒルデを、民衆達は神聖視した。
リュユージュが相手の出自や身分等に一切囚われずに分け隔てなく接する事が出来るのは、幼い頃からこの様な環境に身を置いて居た事と、ヘルガヒルデの気質を濃く受け継いでいるからであると言えるだろう。
尚、余談だが、この件を切っ掛けにヘルガヒルデは国内にて初となる児童養護施設を私財にて設立。
認可後に国営となった現在では規模も大幅に拡大され、彼女は里親制度の確立を行った。それにより孤児の数は著しく低いものとなっており、同時に治安維持にも繋がっている。
更にヘルガヒルデの活動は社会福祉事業だけに留まらず、公益社団法人の設立など余念が無い。
ベネディクトやクラウスとは異なる手段を用い、十字軍を辞職した後でも国益を守り続けている彼女は、世間から非常に高い評価を得ているのだ。
「ルーチェを弔った君に、感謝を述べる。」
ヘルガヒルデはレオンハルトに心遣いをした。
「彼女がどんな末路を辿ろうとも、それは君の責任じゃない。気に病む必要はないよ。」
それに対して、レオンハルトは自嘲気味に歪んだ笑みを見せた。
「いえ。その様なお優しい事、仰らないで頂きたい。自分は責任など、全く感じてはおりませんから。」
彼は淡々と、抑揚の無い話し方で続けた。
「ルクレツィア殿が目の前で首を吊っても何も感じなかったと言うだけならば、自分はただの冷血な人間と言う事で話しは済みます。しかし、そうではなかった。」
湧き上がった心情を、吐露する。
「彼女の死の瞬間に漸く、己の本心を知りました。ずっと目を逸らし続けて自分自身の中に深く沈めた感情を、認めざるを得なくなりました。」
レオンハルトがルクレツィアに対して抱いていた心緒。それは決して、恋慕などでは無く。
燃え盛る様な、悋気だった。
「無条件に愛されてる彼女に、自分は嫉妬していたのです。そして、気が付かぬうちにそれは徐々に憎悪へと変化して行っていたようです。」
しかしもう、全て済んだ事。その口調には、一切の感情は籠もってはいない。
「『俺が壊してやりたかった』━━、と。真っ先に浮かんだ感情が、それでしたから。」
彼が秘めやかに抱いていた思慕はヘルガヒルデと言えども全くの慮外だった様で、彼女はレオンハルトを瞠視していた。
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