
疾風勁草

「危ない、元帥殿!」
レオンハルトは瞬時に立ち上がって咄嗟にヘルガヒルデの腕を掴んで強引に自分の方に引き寄せると、彼女の腰に手を回して抱き留めた。
長机に置かれていた紅茶のポットやカップは飛び跳ねて派手に割れ、更には傾いた床を滑る椅子が二人に迫る。
レオンハルトはそれを蹴り飛ばすとヘルガヒルデの安全を図る為に自身の胸に確りと抱え込み、身を挺して覆い被さり床に伏せた。
直後には照明が完全に落ち、周囲は暗闇に包まれた。
「な、何だ…!?」
状況が飲み込めないレオンハルトが焦燥の表情で左右に視線を走らせた時、ふと背筋がぞくっと悪寒に震えた。
電灯が、不安定に数回の点滅を繰り返す。非常電源による僅かな照明が点灯した、薄闇の中。
背後からヴィンスに酷く冷えた視線を向けられていたのだ。
殺意とまでは行かないが、その異様な程に迫力に満ちた射抜く様な鋭い眼光をレオンハルトは確かに感取した。
「おい、大丈夫か?」
しかしそれはほんの一瞬の出来事で、ヴィンスは倒れた椅子を跨ぐと直ぐ普段通りの口調で二人の元に寄って来た。
不意に、レオンハルトは自身の腕の中にすっぽり収まっているヘルガヒルデと目が合った。
彼女に伸し掛かって華奢な肩をきつく抱き締めたままの密着した体勢である事を、漸く知った。
「…っ!うわあ!も、も、申し訳ございません!」
レオンハルトは酷く狼狽しながら両手を大きくばたつかせ、後ろに転がる様にして彼女から離れた。
暫くして無事に照明が復活し、彼等は薄闇から解放された。
「よっこらせ、っと。」
ヘルガヒルデはレオンハルトの行動を咎める様子も無く、体を起こして立ち上がる。
「何事だ。一体、何が起こった?」
状況の確認の為、ヴィンスに続いて甲板に出たバルヒェットは額に手を翳す。
━━凄まじい風だ…!
ごおっと音を立てて、夜の闇を裂く様な激しい風が吹き荒ぶ。それは立っているのがやっとで、気を抜くと蹌踉めいてしまう程だった。
「おゥ、どうした!?」
「衝突です!」
「マジか!!」
海兵が照らしている照明の光の先。商船らしき船舶が軍艦の側舷に突き刺さっていた。
「被害の報告を!!急げ!!」
顔を上げられない程に吹き付ける強風の中、ヴィンスは部下に向かって命令を飛ばす。
その時、バルヒェットの鼻先に一粒の水滴がぽつりと落ちた。
━━雨だ。嵐が来るのか?
司令長官公室に戻ったバルヒェットは、現状を報告した。
「衝突事故が起きた様です。強風に煽られたであろう小型の商船が、側面にぶつかってました。」
「商船がですか?それだけで、これ程の軍艦があんなにも大きな衝撃を受けるものだとは…。」
吃驚しているユーリスィーズの言葉にレオンハルトは頷くと、説明をした。
「軍艦って言うのは頑丈そうに思われがちだが、実は意外と脆いんだ。代わりに、軽くて波浪に強い。商船は逆に、厚い外板で強度を保っているからな。」
被害の詳細を待つべく、レオンハルトはヘルガヒルデに目線を遣った。
「破孔からの浸水は免れないでしょうが、沈没を避ける為に防止ハッチ等で細かく区画分けされてるのが普通です。ダメコンはこのまま、海軍連中に任せましょう。」
ダメコンとは『ダメージ・コントロール』の略で、受けた被害を食い止める為の事後処置を行う事である。
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