「あの…、申し上げて宜しいでしょうか、レオンハルト閣下。」

その言葉に、レオンハルトははっとして意識を過去から現在に引き戻す。

ノエルは上体を前方に傾けたままだ。レオンハルトからの答礼を得られない彼は、その姿勢を続けるしかないのだ。

レオンハルトは当然それを知りながらも、眉間に深い皺を寄せて苦渋に満ちた表情をするだけで答礼をする素振りは見せなかった。

「いいか、ノエル。まず、俺に敬礼をするな。敬語も敬称もやめろ。お前のそれは、除隊された人間に対して取る現役の隊員の態度ではないぞ。」

彼の声は鋭く、まるで全てを拒絶するかの様であった。

「飽くまで俺は、『元』隊員なんだ。」



「用件を。」

バルヒェットが溜息と共にノエルにそう指示を出すと、慌てて彼は更に深々と頭を下げ、おずおずと口を開いた。

「厩舎にてエレナ号の世話をしていた自分に、リュユージュ閣下が労いのお声を掛けて下さった事がありまして…。」

ノエルは懐から何の変哲もない一通の封筒を取り出すと、レオンハルトへと差し出した。

「その時に、こちらを預かって来ました。」

まるで稲妻に打たれたが如く衝撃が、レオンハルトの全身を一気に駆け抜ける。激情に貫かれた心臓は、痛い程に強く鼓動を打つ。

受け取るべきか、否か━━。

レオンハルトは躊躇するも、拒否は出来ずに戦慄く手で封筒を受け取った。



ヘルガヒルデは去り際に、額に脂汗を滲ませて呆然と立ち尽くすだけのレオンハルトに対して声を掛けた。

「君はまるで、三途の川の案内人だな。」

正にその通りだと、落胆した。
事実に違いないが、惝怳した。

「きっと『死神』はこう言うぜ?ならば、とっとと案内しろよ、ってな。だったら、冥銭をふんだくってやればいいさ。」

彼女は肩越しにレオンハルトを振り返ると、何処か皮肉めいた独特の微笑を見せた。

「『死神』を伴って死出への旅路とは、乙なもんじゃねえか。」

ヘルガヒルデはひらひらと手を振ると彼に背を向け、部屋を後にした。遠ざかって行く彼女の軍靴の踵から立つこつこつと言う音に、バルヒェットとヴィンスも続いた。

最後になったノエルがぽつり、独り言の様に言葉を残した。

「『砂漠の砂の一粒、或いは密森の一本の草だったとしても、僕は必ず君を探し出す』━━と。そう、仰ってました。」

ばたん、と、扉が閉まる音が室内に響いた。

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