「貴殿、その花の名を知っているか?」
「知ってる訳ねえだろ。俺の人生、花を愛でる余裕のあるものだったと思うか?」
俯いたまま押し花を手に取って弄ぶレオンハルトの表情は伺い知れない。しかしその乱暴な口調に、彼の心情は充分に表れ出ていた。
「セルリアンスターと言って、生花はもっと薄い青色をしている。小さいが、その星の形が愛らしいだろう?新しい生命や希望の象徴でもあるんだ。」
微かに紫がかった、空色の小花。確かに五枚の花弁が星形にも見える。
「花言葉は、『信じ合う心』だよ。」
━━信じ合う…心。
「但し、もう一つの花言葉もあってな。それは━━、」
レオンハルトはロザーナの言葉の続きを聞く為に視線を上げた。
「『身を切る想い』だ。」
彼の心臓がぎゅう、と、音も無く軋んだ。
しかし不思議と何故か、それが少し心地が良くも在った。
━━何を失くしても何を奪われても、これだけは俺のものだ。この痛みだけが唯一、許されたものなんだ。
「どんな花を見ても、綺麗だなんて感じた事は今まで一度もなかったんだがな…。」
哀愁に揺れている琥珀色の瞳は微かに濡れ、段々と視界が歪んで行った。
ロザーナに悟られまいとレオンハルトは勢い良く立ち上がると洗面台に向かい、不意に冷水で顔を洗った。熱を孕んだ目元に心地が良い。
ふと鏡が映し出す肉色の十字架に視線を遣った時、扉がノックされた。
振り返ると其処には、エヴシェンの姿が。
「世話をかけて本当に悪かったな。粗方、片が付いたから━━…、どうした?」
入室するなり、エヴシェンは吃驚した表情でレオンハルトに詰め寄った。
「お前、泣いてるのか?」
「まさか。誰が。」
レオンハルトは顎からぽたぽたと雫を滴らせながら、説得力皆無の充血した目で睨み付ける。
「おい。連れの少女は隣の部屋にいるぞ。行ってやれ。」
包隠も虚しく、察していたロザーナが間に入りエヴシェンを退出させようとするも、エヴシェンは更にレオンハルトに歩み寄って行った。
「なあ、どうしたよ。大丈夫か?」
「大丈夫じゃねえな。助けてくれ。」
レオンハルトは肩口で濡れた顔を拭うと、余りにも素直な態度を取った。エヴシェンもロザーナも、その言葉に驚きを隠せない。
「聞こえなかったか?大丈夫じゃねえから、助けてくれっつったんだよ。」
「あ、ああ、分かった。これでもお前にはとても感謝してるんだ。俺に出来る事なら何でも…。」
エヴシェンが言い掛けると同時に、レオンハルトは隣室を指で差した。
「直ぐにでも、ビオレッタを連れて出てけ。もう俺には二度と関わるな。」
エヴシェンはそういう意味か、と、溜息を吐く。この男が自分に救いを求めるなど、やはり無かった。
「遺産放棄の旨を先程、先方に伝えて来た。今夜中に書類を揃えてここに持って来る約束になってる。それが全て済んだら、俺達二人はお前の知らない場所で暮らすさ。」
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