邂逅相遇
「きゃあっ!」
買い物袋を手に鼻歌を歌いながら歩き慣れた路地を曲がったアンジェリカは、一人の男と肩がぶつかって蹌踉めいた。
「おい、いたか!?」
目の前の保安官と思しき男はアンジェリカを撥ね飛ばした事など意にも介さず、顔を此方へと向けようとすらしていない。
「ちょっと!謝んなさいよ!」
「向こうに行ってみるぞ!」
「ちょ…!」
アンジェリカは走り去って行く男の背に腹を立てながらこぼれ落ちた野菜を拾い集め、自宅へと続く道を進む。
彼女の住まいは、貧民街とまではいかないが充分に悪辣な環境にあった。相変わらずの生活を送っているようだ。
歩道は整備されているとは御世辞にも呼べないもので、幅もとても狭くて非常に歩き難い。彼女は壁に荷物が当らないようにと、抱え直した。
「きゃあっ!」
路地を抜けた所で、彼女は今日二度目の悲鳴を上げた。右側から走って来た男とぶつかったのだ。
「さっきから何なのよ、もう!」
「…あっ。」
しかし今度の男は先程の保安官とは違い、彼女の買い物袋から落ちて足元に転がった玉葱を手に取ると、無言でアンジェリカへと差し出した。
━━綺麗な男の子…。
目深に被ったフードからちらりと覗く輪郭と口元からだけでも、その整った容姿を垣間見るのに充分だった。
「おい、そっちに行ったぞ!」
ばたばたと数人の忙しない足音が近付いて来た。
「…ちっ!」
男は舌打ちをしてフードの端を掴んで下げると、アンジェリカの横を無理矢理に通り抜けようとする。
「こっちよ!」
彼女は男の手を取ると、買い物袋を放り投げて走り出した。
「ああ、おかえ…、!?」
アンジェリカに背を押されてつんのめる様に勢い良く玄関に転がり込んで来た男に、ギルバートは驚く。
当のアンジェリカも肩で大きく息をしながら、慌てて施錠をした。
「な、何だ?大丈夫か?どうしたんだ、何があったんだよ?」
「分か…ない、保安官に…追われていたから…。」
アンジェリカは抉じ開けられないようにと、玄関の扉を背中で押さえ付ける。
男は床に膝を着いたままはあはあと息を切らしており、会話もままならない程に呼吸を乱していた。
「ほら。水。」
ギルバートに渡された水に一口、彼は唇を付ける。
その瞬間、ごほごほと咳込んだ。
「そんな慌てんなよ。ゆっくり飲め。」
噎せ返る度に、長い髪がさらりと肩を滑り落ちる。
その色は漆黒をしていた。
「ヤベ…っ!」
彼は慌ててそれを隠そうとするが、遅かったようだ。
「あなた、人の家に来て顔も見せないなんて失礼もいいとこよ。」
ドラクールは仕方なしに、フードを外して彼等二人に素顔を晒した。
-111-
[←] | [→]
しおりを挟む
目次 表紙
W.A