一台のベッドがあるだけの、簡素な宿屋。其処が彼等の今の寝床だった。

ロザーナが扉を閉めたのを確認すると、レオンハルトは狭い室内をヘルガヒルデの正面に移動した。そして長い指先を綺麗に揃え、彼女に改めて御辞儀の最敬礼をする。

「恐れ多くも、レオンハルトより申し上げます。ヘルガヒルデ元帥殿。」

此処に向かって歩いてるうちに若干の平静を取り戻したであろう丁寧なその口調に、ロザーナは心の中で安堵の溜息を吐く。

「既にご存知と思われますが、自分レオンハルト・カイザーに下された審判は、隊員、及び、一族の方々との永久的な接触の厳禁でございます。自分との接触は重罪である故、御身を危険に晒す所行と同等の行為です。それを認識している上で看過する訳には━━…。」

「おいおい、レオン君。そんな眠たい事を言ってんなよ。今更だぜ。」

ヘルガヒルデは側頭部の長い髪をくるくると指先に巻き付けながら、その言葉を遮った。

「安心しろよ。誰にも俺は裁けねえ。」

女性で在るが故、ヘルガヒルデはレオンハルト程には身長は高くはない。しかし常にその態度だけは、身丈の何倍も尊大である。

「そして、君の罪は神に正否を問えば良い。」

そう言うと、ヘルガヒルデは右手を伸ばして彼の首元をすっと食指で差す。

「其処に、問え。君『だけ』の十字架にな。」

琥珀色の瞳が一瞬、切な気に震えた。

━━ふうん、もう少し揺さぶってみるか。



ヘルガヒルデはベッドの縁に腰を掛けると高々と足を組み、肘を乗せて頬杖を突いた。

「俺は今回、大陸と諸島の無害通航についての参謀会談に参加する為プエルトに赴いたんだ。しかし海上交通の安全を確保して来いって命令されても俺さすがに国際海洋法条なんて分かんないから、ヴィンスを連れて来たんだよ。」

次にヘルガヒルデは気怠そうに溜息を漏らした。

「ったく、国防軍『ラザンツ』の最高司令官は人使いが荒くて本当やんなるぜ。」

国防軍と言う名称に、ロザーナは吃驚した表情を見せた。

「初耳だな、キャンベル王国国防軍とは…。いや、それ以前に、元帥である貴様を使役出来る人物などそうそうは居らんのではないか?」

ヘルガヒルデはにやりと片方の口角を上げる。

「構想、立案、計図。国防軍は元々、全て君の手の中のものだったそうだな?レオン君。」

彼女の言葉に得心が行ったレオンハルトは、瞬ぐ事も出来ずに暫し絶句した。

-152-

[] | []

しおりを挟む


目次 表紙

W.A


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -