大惑不解



時刻は既に零時過ぎの、深更。突然、扉がノックされた。

眠れぬ夜を過ごしていたレオンハルトと彼の鬱散に付き合っていたロザーナの二人に、緊張が走った。

パラッツィ側の人間ならば、直接ビオレッタとエヴシェンが居る隣の部屋を訪問する筈だ。部屋を間違えたにしろそうではないにしろ、この時間の来訪とはどのみちまともな事情では無い。

そう判断したロザーナは左手の親指で鍔を弾いて抜刀の姿勢を取ると、レオンハルトに扉を開ける様に視線で指示を出した。

彼は壁に背を付け、扉の外の訪問者に向かって問う。

「誰だ。」

「あ、あの、ノエルです。夜分に申し訳ありません。」

━━ノエルだと?あの厩務員が何故…。

ロザーナが腰を落として臨戦態勢に入るのを確認したレオンハルトは頷くと扉の施錠を外し、ゆっくりとそれを開いて行った。

「無礼を承知で参りました。深夜の訪問、お許し下さい。」

彼等の危疑は杞憂に終わり、ノエルは一人で廊下に立っていた。どうやら人質にされている訳では無く、自らの意思で此処を訪れた様だ。

緊張を解いたロザーナは安堵の溜息と共に、かちりと長剣を鞘に押し込めた。

室内の異様な雰囲気を敏感に察知したノエルは、レオンハルトに問う。

「な、何か…あったのですか?」

「いや。気にするな、何でもない。」

彼は再び床に腰を下ろすと、安酒をグラスに注いだ。

「やるか?」

「い、いいえ、自分は未成年であります。お気持ちだけ頂きます。」

ノエルは慌てて、首を左右にぶんぶんと振った。



物音を聞き付け、隣室にいたエヴシェンが顔を出す。彼は彼で、神経質になっているのだろう。

「客か?こんな時間に。」

自分を訝しむ態度にノエルは挨拶をしようとするも、レオンハルトは投げ遣りに手で追い払うような仕草をして遮った。

「ああ、あれは只の地元のチンピラだ。放っておけ。」

「お前は本当に口が減らねえな。マジで鉛玉ぶち込むぞ。」

レオンハルトに対して舌打ちをした後、エヴシェンは再びノエルに対して興味本位な視線を無遠慮に遣った。

「それにしても、随分と奇特な若造だな?軍人の仮装とは、酔狂な野郎だ。」

「止せ、絡むな。こいつは厩務員だよ、偽物なんかじゃない。」

ノエルはあたふたと身分証明書を取り出すと、エヴシェンに提示して見せた。

「夜分に申し訳ありません。ヴェラクルース神使軍 軍馬防疫廠所属、課程正科生 ノエル・ズィーガーと申します。」

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