「お二方。宜しかったら、お茶でも如何かな。」

ヴィンスとマクシムにそう声を掛けながら席を立つクラウスに、ヘルガヒルデはひらひらと手を振る。

「俺、ブラックな。濃い目で。」

「一度でいいから、その口から自分がやると聞いてみたいものだ。」

溜息を吐くクラウスの背中にヘルガヒルデの豪胆な笑い声が響く。

「この俺様に珈琲を淹れさせようってか?別にやってやっても構わねえが、雪どころか槍が降るぞ。」

「それは困るわ。」

ベネディクトは彼女に同意を示し、苦笑を漏らした。



皆で珈琲を啜り、暫くした後。

緩やかに開かれた会堂の扉の向こうから、漸くルーヴィンが姿を現した。

「あ、兄さん!どうかして?」

眉間に深い皺を寄せて顔を顰めている彼は裾の長い法衣を左手で軽く持ち上げながら、衣擦れの音と共に大股で歩み寄って来た。

「貴方が連絡も無しに時間に遅れるなんて━━、」

「黙れ。私に話し掛けるな。」

ルーヴィンはヴィンスやマクシムに挨拶は疎か一瞥をくれる事さえせず、ベネディクトの隣の椅子を引く。

しかし彼は其処に腰を掛ける事はせずにただ退かしただけで、ベネディクトから万年筆と書類を奪うと中腰のまま乱暴に署名と捺印をした。

「ちょ、ちょっと、兄さん!?」

用事が済むと叩き付ける様に万年筆を机に置き、ルーヴィンは誰かと会話を交わすどころか視線すら合わせる事もせずに立ち去って行った。



「え、なに。どしたの、レーヴェ。」

ヘルガヒルデの問いに、ベネディクトは溜息を吐きながら首を横に振る。

「珍しいねえ。あんな不機嫌なの。」

腕を組んでヘルガヒルデは暫し考え込むも、浮かんだ理由は突拍子もないものであった。

「生理かな?」

マクシムは盛大に珈琲を吹き出した。

「汚ェ!阿呆!」

ヴィンスは慌てて書類を避ける。

「君は悪くない、僕からも謝罪するよ。」

リュユージュは激しく噎せ返るマクシムの背中を擦った。



「そ、それでは、どうぞよろしくお願い致します。」

ベネディクトがこほん、と、咳払いをして場を取り直すと、改めて書類をヴィンスの方に向けて差し出した。

「御心配召されるな。」

ヴィンスは確と書類を受け取り、懐に仕舞う。

「私も皆様方と同様、尽力する事を誓おう。」

彼は低い声で、一礼をした。



本日を以て、リュユージュはヴェラクルース神使軍を正式に辞職。

彼の所属は、キャンベル王国海軍へと異動した。

全く前例の無い、未知数の試み。

ではあるが、ルーヴィンの態度から察するに、どうやら最後まで不賛成であったのは彼一人の様だ。啖呵を切った責を致し方無く負ったのだろう。

反対にベネディクトに至っては、事前にヴィンスに交渉を行っていた程である。例の、小雨の日の出来事がそれだ。



今回の案件はリュユージュが引き起こした衝撃的な一連事件の序章に過ぎず、世間を揺るがす彼の行動は今後も更に加速して行く。

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