忠魂義胆



「リュユージュ太子殿下であれば、自分など隣に居らずとも凱歌を奏する事が出来ましょう。」



彼の、平均的な成人男性より小柄な背丈。
彼の、風に揺れる蜂蜜色の内巻きの癖毛。
彼の、強靭な克己心を湛えた翡翠色の瞳。

レオンハルトは目蓋を閉じ、その裏に浮かぶ在りし日の姿を想う。

出会った日に、初めて視線を絡めた瞬間も。
差し伸べられた温かい手に、触れた瞬間も。
高い声で、授けられた名を呼ばれた瞬間も。

自身の中に沸き起こる全ての感情を掻き攫われてしまいそうな感覚に陥り、酷い動悸がした。



過去の記憶。

大切な想い。

秘めた葛藤。

心乱す慕情━━。



誰よりも大切な彼の人。

何よりも守りたい思慕。

自身の命より重き至宝。



己が己である所以の全てである其れ等を捨て去るべく期を、レオンハルトは遂に迎えた。免れ得ない現実が刃と成り、彼に突き刺さる。






「承伏は、致し兼ねます。」

それでも確と開かれた琥珀色の瞳が語るは、強固な意志を貫くべく潔い諦念と、死さえも厭わないであろう実直な不屈の姿勢。

「申し上げましたように、自分に科せられた罪は『神使一族の方々との永久的な接触の厳禁』でございます。故にこの身、太子殿下にお目通りする事は叶いません。━━終生…二度と。」

清廉且つ崇高なる血を伝えし神聖な存在とされるリュユージュにとって、汚れて堕ちた己は絶望でしかないのだ。



「軍法に従い、元帥殿に対する抗命罪として如何なる厳刑をも受ける所存でございます。」

レオンハルトは左膝を立てて跪くと、顔は上げたままでヘルガヒルデに左手を差し出し、突然、関係の無い話題を彼女に振った。

「自分、甘草(リコリス)が非常に苦手なんです。同じ袋に入っている他の味の飴にも臭いが移ってしまうと、それらも食べられないほどで。」

「へえ、そんなもん?俺、甘草も肉桂も薄荷も、全然平気だからなあ。」

直立したままのヘルガヒルデはその内容に疑問符を浮かべながらも、先程とは異なり今度は遮る事なくレオンハルトの話しに耳を傾ける。

「苦手なものに対して、感覚はより敏感になります。避けるために、ほんの僅かな片影であっても嗅ぎ分けられるようになるんです。」

ヘルガヒルデは眉をぴくりと動かし、訝しげにそれを顰めた。

「どうか最後に、永遠の忠誠の接吻を。」

騎士が手の甲に忠誠の接吻をするのは、女性が相手の時だけなのである。つまりレオンハルトは、その口調や外見に惑わされる事なく、ヘルガヒルデが女性である事を見抜いたのだ。

「…そういう事、ね。」

本来ならば右手を差し出すべきであるが、彼女は躊躇を見せた。

「君の忠誠とやらは、そんな安いもんなのかい?」

レオンハルトは困惑の表情の中に懇願の色を浮かべて見せるも、ヘルガヒルデが右手を差し出す様子はない。

「君がそれを誓うべき相手は、俺じゃあない筈だ。そうだろ?レオン君。」

彼女は屈み込むと、レオンハルトの長い前髪を乱暴に掻き上げた。

「相当な頑固者だと聞き及んでいるからな。元々、一足飛びに行くとは思ってないさ。」

開けた視界の中のヘルガヒルデの容貌は、意外な程にリュユージュとは全く似ても似つかない。

しかし翡翠色の瞳の奥に惻隠の情を湛えた彼女の思考の根幹を感じ取ったレオンハルトは、紡がれた揺るぎない血の繋がりを認めた。

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