「は?やりにくいって…、何が?」
マクシムの元に、部下からの訴えが届いた。其処には、先日リュユージュの鉛筆を拾った海兵も居た。
「ですから!一族のお方に、お辞儀をされたり敬語を使われたりする事ですよ!」
「お前らだって散々、新兵時代にはいじり倒されただろ?滅多にない機会なんだから、同じ様にコキ使ってやりゃいいじゃねえか。」
マクシムは煙草を吹かしながら、そう笑う。
「そんな事、出来る訳ないじゃないですか!」
「俺達はあなたとは違うんです、大尉!」
そう声を荒げる部下に、落ち着く様にマクシムは促す。
「普段ならお目にかかれない様な上流階級の坊っちゃんのアイツに、今なら便所掃除だって押し付けられるんだぜ。」
「あ!ちょっと、た、大尉…!」
「むしろ、この際だから裸踊りでもさせてみっか?」
何か言い掛けた海兵を遮って爆笑するマクシムは、突然、後ろへと仰け反った。
「ああ、構わないぜ。してやるからしっかり見ろよな。」
マクシムの大声は廊下中に響き渡っており、たまたま通り掛かったリュユージュ本人の耳にも入ってしまっていたのだ。
その首を背後から鷲掴みにして力任せに自分の方へと無理矢理に捻ると、拇指と食指でマクシムの目蓋を力一杯に開いた。
「その後、素手で目ん玉くり貫いてやるよ。可哀想な奴だな、人生で最後に見た光景が僕の裸踊りだなんて。」
「いっ、痛えよ!ちょっ、冗談だよ、冗談!マジ痛えっつーの!」
「下らない事を大声で喋ってる方が悪い。」
感情の読めないその表情も勿論だが、『死神』に似つかわしい台詞と行動に海兵達は背筋が寒くなった。
冗談も通じねえのか、と、乱れた襟元を正しながらマクシムはぼやく。
「んで、実際どうなんだよ?屈辱的か?」
「いや、全く。と言うか、今の僕は予定がびっしりでそんな下らない事を気にしてる余裕なんかないよ。」
二人が並んで歩く後ろを、部下達が付いて行く。
「ただ、正直を言うとふとした時に新兵として失礼な態度を取ってしまってる自覚はあるよ。生来、どうしても癖になっているからね。」
リュユージュは廊下の窓から臨む中庭に視線を向けると、何処か皮肉めいた言葉を吐いた。
「僕は幼少期から、民衆の上に立つべき人間としての教育しか受けて来てないからな。常に統裁として秩序を維持し、指揮を取れ、と、ね。如何なる窮地であろうとも焦燥は表さないのと共に、上官に愛想を振り撒く様な真似など以ての外だ。」
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W.A