翌朝。座学の教科書を手に持つTシャツ姿のリュユージュは一人で海軍の休憩所を訪れると、昨日と同様に珈琲を注文した。

「あら、嫌だ。可愛らしいお顔なのに。」

身長こそ低いものの、鍛え上げられたその肉体は紛れもない男性のものである。給仕の女性の言う様に、未だあどけなさの残る幼い顔には厚い胸板や太い上腕は非常に不釣り合いであった。



リュユージュは窓際の席に着くと、教科書を開きながら朝食を摂り始めた。しかし彼のそれは此処で注文した温かい食事では無く、十字軍のものと思しき携帯口糧であった。

教科書を読みながら片手で食べる事を、前提にしている為だろう。

行儀が悪いのは承知だか、いかにせ時間がない。

リュユージュは左手の食料を口に運びながら、右手の鉛筆で一心に覚え書きを書き込んでいる。

教科書の頁を捲ろうとした時、彼はうっかり鉛筆を落としてしまった。ころころと床を転がって行く。

「あ…。ど、どうぞ。」

側にいた一人の海兵が、自分の足元に到着したそれを拾い上げる。

「ああ、済まない。」

受け取ろうと伸ばした右手でリュユージュははっと口を押さえると、即座に頭を下げた。

「大変失礼致しました。有り難うございます。」

海軍でのリュユージュの立場は、一般兵だ。これは海兵学校を卒業して、一番最初に与えられる階級である。

つまり海兵としての彼の地位は、此の場の誰よりも低いのだ。

「え!い、いえ!そんな!とんでもない!」

海兵は狼狽しながら後退ると、慌てて去って行った。

リュユージュは椅子に腰を下ろすと、鉛筆をくるくると回しながら再び教科書と睨めっこを始めた。

積み上げられた教科書の草臥れた表紙にはマクシムの名前が記入されている。これらは全て、彼が海兵学校時代に使用していたものであった。

━━航海や水雷とは無縁だったからまだしも、通信も砲術も戦術も、僕の知識や経験は全く役に立たなそうだな。消防吏員の試験も受けないとならないし…。

リュユージュは冷めた珈琲を啜ると、これから暫くの間びっしりと詰め込まれた予定が憂鬱になり溜息を吐いた。

━━それより、船酔いの方をどうにかしなきゃなんだよな。司令どころか、まともに喋れる気がしない…。

彼の気分は更に沈んで行った。

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