名目帳胆



平穏な、昼中。

海軍基地の休憩所は、マクシムの濃紺色の軍服の後ろに続く白茶色の軍服の人物の突然の登場によって、それを破壊された。

海兵達は一瞬どよめいた後で、水を打った様に静まり返る。例え不機嫌なヴィンスが怒鳴り散らしながら乱暴に扉を蹴り開けたとしても、此れ程までの事態にはならないだろう。

漂う緊張感の中。海兵達の視線は一点、リュユージュに集中する。



「で、ここが食堂な。そこで食券を買って、カウンターに出すんだ。」

リュユージュが海兵達の視線を集めている理由は、異なる軍服の色だけが原因ではなかった。



癖のある内巻きの蜂蜜色の髪と本物の翡翠と同じ色の瞳を持つ、『白の死神』。

世間に広くその異名を馳せてはいるが、出陣と凱旋の行進以外で彼が一般民衆の前に現れ出た事はこれまで殆ど例が無く。

白磁の如く透き通ったその横顔に一切の表情を持っていない事実も、注目を集める要因となっていた。



「ついでに一服してこうぜ。何が良い?今日は奢ってやるよ。」

「珈琲。」

休憩所に居合わせた海兵の大半は、リュユージュの少し高いその声を初めて間近で耳にした事だろう。

「ほれ。」

マクシムは珈琲の食券をリュユージュに渡すと、カウンターに出す様に促す。

彼はそれに従った。

「いや、お前、無言かよ!そんなんじゃサービスしてもらえねえぞ!」

マクシムはリュユージュの背中の生命十字をばしんと叩くと、自分の食券を出す。

「おっ、今日いつもより美人じゃん。もしかして新しい口紅?似合ってるぜ。」

カウンターの中から、給仕の女性の大きな笑い声が聞こえて来た。

「ったくアンタは毎日毎日、本当に調子が良いわね。マクシム。」

ふくよかな中年の女性は、珈琲を二つ提供する。

「目の保養だわあ。ここには、白い肌の美少年なんて一人もいませんからねえ。むさ苦しいったら。」

給仕の女性はカウンターに頬杖を付くと、にこにこと笑顔を向けた。

「…。」

しかし世間話と言うものが非常に苦手なリュユージュは無言のまま、珈琲を受け取った。



「おっ、何だ、お前らいたのか。こっち来いよ。」

マクシムは自分の部下に気が付き、手招きをする。彼等は若干狼狽えながらも、速やかに駆け寄った。

「コイツ、俺の下で訓練すっからよ。お前らも世話してやれな。」

「は…っ!?」

狼狽する三人の海兵に対し、椅子から腰を上げたリュユージュは彼等に向かって綺麗な身状で御辞儀の敬礼をした。

「よろしくお願い致します。」

余りの出来事に、三人は言葉も発せずに刮目したまま立ち尽くしてしまっている。

「お前ら、答礼したれよ。」

「…、は!し、失礼致しました!」

敬礼は受礼者が答礼してから元の姿勢に復するまで続けるべきであるとされている為、呆然としている三人に対してマクシムは答礼を促した。

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