一行が去った後の狭い室内は、静穏に包まれる。

口火を切ったのは、ロザーナだった。

「なあ、覚えているか?カイザー殿。再会した日の会話を。」

俯いたままのレオンハルトからは、返事は無い。しかし彼女はそれに構う事なく、そのまま続けた。

「下の名の愛称もしくは略称はないのか、と、私に聞いただろう?」



━━いや、長い名ではないし特にないが…。ああ、そう言われれば一人だけ、私の事を『ローズ』と呼ぶ奴がいるな。

━━そうか。では、俺もそう呼ばせてもらおう。



「それが、先程のヘルガヒルデだよ。私達は二十年来の知り合い━━、いや、友人なのだ。」

十字軍はその性質上、親子で従軍している者達が非常に多い。故に彼等は階級の上下に関係なく姓で呼び合う事例がほぼ皆無なのだ。

そして、戦闘中に於いて指示の時間短縮の為に二文字から三文字の略称を持つ者が殆どで、時には本名に因んだ渾名を付ける事もある。

「つまりは略称で呼び合う事の意味するところとは、仲間であると言う意味合いを含むものなのだな。得心が行った。」

その言葉に、彼は無言で頷く。

「それにしても、ヘルガヒルデの無礼さには閉口するよ。あの場面に於いて右手を差し出さんとは、愚弄するにも程がある。」

忠誠の誓いを拒否されるとは、騎士として最大の侮辱と言っても過言ではない。

「俺には…、その価値すらもねえって意味だろ。」

レオンハルトは受けた仕打ちを思い返して深い溜息を吐くと同時に、先程までヘルガヒルデが腰を掛けていたベッドの同じ位置に足を開いて乱暴に座った。

「何を言っているんだ。あの女、極度の面倒臭がりだぞ?無駄な事柄にわざわざ時間を割く性格はしておらん。」

「ならば、弊履程度には価値はあんのかもな。この際、そう扱われる方がまだ有り難い。」

「そう卑屈になるな。貴殿の悪い癖だぞ。」

ロザーナは呆れた表情で溜息を吐く。

「それの中に、貴殿が欲する真実があるんじゃないか?」

彼女の視線が手元の封筒を指し示す。

内容は訣別に違いないと、レオンハルトは半ば捨て鉢な気持ちで乱暴に封を破いた。





中には、ほんの一文。






願うならば 隠世までの道程を共に歩まん

しかし 死すら我等を断ち別けるものと成り得ず

Lujuge.R











便箋からひらりと、輪とも呼べぬ様な小さな一片の小花がレオンハルトの足元に落ちた。

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W.A


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