公園から戻ったリュユージュは上着を脱ぐと、ドラクールの簡素なベッドを指し示した。
「さて、と。ここに横になって。」
疑いもせず、ドラクールはそれに従う。リュユージュはシャツの袖を肘まで捲り上げると、彼の腹に跨がった。
「いいか?僕は今から、君の首を本気で絞める。」
「は!?ば、馬鹿!!止せよ、知ってんだろ!?」
「大丈夫、何も起こらない。絶対に。」
そう言うとリュユージュはドラクールの細い首に手を掛け、体重を乗せて来た。
「嫌だ、止めろ!俺が何するか分かってんだろ?あんたを傷付けたくねェよ…!」
ドラクールは足をばたつかせながら左右に大きく頭を振りリュユージュの手首を掴むも、彼の痩せ細った腕は大した抗力にはならなかった。
「覚えてるだろ?僕達は摩天城で一度、対峙している。」
「…っ。」
きゅ、と、リュユージュが両手に力を籠める。
「けれど、僕は怪我なんかしなかった。」
ドラクールは強く歯を食い縛って固く両目を閉じたまま、ひたすらに耐えた。
「その理由が、分かったんだよ。」
摩天城でリュユージュが殺意を向けた時、彼はとてつも無い恐怖の淵に堕とされた。しかし怪我を負わなかったのは、ドラクールに傷を付けなかったからだ。
━━だから反対に、彼に殺意を抱かない限りは肉体を痛め付けても危害を加えては来ない筈だ。
やがてドラクールが空気を求めて胸を上下させるのを感じたリュユージュは速やかに手を離した。
「大丈夫?」
げほげほと噎せ返るドラクールは、涙目でじろりとリュユージュを睨む。
「ほら、見て。言った通りだろ。」
「…。」
「これで少しは安心した?君は悪魔なんかじゃない。」
呼吸を落ち着けたドラクールは、まじまじとリュユージュの全身に視線を走らせる。確かに彼の言う通り、何処にも怪我はしていない様子だ。
「君がして来た事は、ただの正当防衛だと捉えればいい。だから、自分の存在に疑問を抱く必要なんてないよ。」
翡翠色の瞳は、強い決意を湛えていた。
「済まない、乱れてしまったね。」
リュユージュはドラクールを椅子に座らせると、その毛先に椿油を塗り込めて丁寧に櫛を通した。独特の香りが室内に広がる。
「そんな面倒な事しなくても、切っちまっていいぞ?邪魔だし。」
「短い髪は世俗的だ。君の髪は長くなければならないよ。」
ドラクールは意味が理解出来ず、首を傾げる。
「身分の高い者は髪を伸ばす習慣があるんだ。長い髪は作業の妨げになるし、維持に手間も必要だからな。召し抱える人間が多い事を示す意味でもね。」
「あんた、短いじゃん。」
「僕は騎士だ。立場が違う。」
ドラクールの脳裏に、輝く残雪の様なフェンヴェルグの銀髪や、ルーヴィンの絹糸の如く耀う金髪がぼんやりと浮かんだ。
櫛をテーブルに置いたリュユージュはごそごそと自身の右腰の辺りを探る。
そして不意に、鍵の束を放り投げたのだ。
「僕はもう、ここの鍵は掛けない。」
ドラクールはその発言に吃驚して、目を見開いた。
「君を縛り付けておく理由がないからな。」
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