「それにしても、誰も彼も君の事は非常に端整な美男だと言っていたよ。けれど、俺の想像とは随分と雰囲気が違ったなあ。」
ヘルガヒルデが周りから得た自分の情報がどんなであるか、レオンハルトには知る由も無い。
しかし在籍当時の彼は常に髪を短く整え毎日髭を剃っており、身だしなみにはそれなりにきちんと気を配っているという自負があった。
それに比べて今や薄茶色の髪は結える程に伸び、無精髭も生やしたままだ。清潔感は皆無の自覚がある。
疎慢で堕落した生活を責め苛まれても、弁解のしようが無い。
造形の美醜ではなくそういった点を咎められているのだと感じた彼はどうにも居た堪れなくなり、無意識に視線を反らした。
「まあ、俺は今の君の方が好きだね。一切の偽りが、ない。」
微塵も予想していなかった言葉に吃驚するレオンハルトを余所に、ヘルガヒルデは満面の笑みを湛えていた。
「どちらにせよ、近々また会おう。レオン君。」
彼女は立ち上がると、背中の黄金色の生命十字を翻した。
扉の手前に直立している若い隊員は、退出するべく自分の方へ歩を進める彼女の姿に緊張からごくりと喉を鳴らす。本来ならば上官の通行の妨げにならない様に壁際に寄るべきなのだが、隊員はそれをせずに焦燥の表情で声を張り上げた。
「あ、あ、あの!レオンハルト閣下!」
その意外な呼び掛けにヘルガヒルデが足を止めると同時に、レオンハルトも声の主である隊員に視線を移す。
「自分は、厩務員 課程正科生のノエルと申します!」
「厩務員?…ああ、エレナの。」
エレナとは、先程街中でレオンハルトから離れなかった件の雌馬である。
十字軍に入隊するまで乗馬の経験が一度もなかったレオンハルトは、彼女と共に基礎からの非常に数多の訓練を受けた。
騎手として全くの素人である自分に根気良く付き合ってくれるエレナに対し、レオンハルトは感謝の意しかなかった。
訓練とは関係の無い場面でも、レオンハルトは真心を込めて彼女に接した。
例えばエレナが体調不良の際には厩務員に任せっ放しにする様な事は絶対にせず、可能な限り一緒に過ごす時間を捻出し自らが世話をした。その至誠を感受した彼女の方もレオンハルトに対して愛顧に報いようと、一生懸命に尽くした。
人と馬。言葉は通じずとも、彼等は確かな絆を得たのであった。
「エレナは体高があり過ぎて第二隊には扱える隊員が一人もいなかったからな。だからずっと待ち望んでいた自分だけの主に出会えて、彼女も嬉しかっただろうねえ。」
そう言いながら、ヘルガヒルデはレオンハルトを振り返った。
「『エレナ』と言う名も、君が付けたんだってな?」
その語源は、『命の源』や『光』と言った意味がある。
翡翠は、生命の再生をもたらす力を持つと信じられているのだ。ルード家の定紋の意味するところは、『永遠の生命』。そして━━、『ルカ』。リュユージュの真名もまた『光』を現す古語なのだ。
「ええ。自分は想いを込めて、その名を付けました。」
意識下か、無意識か。不明だがレオンハルトは判然とその表情を綻ばせ、穏やかにそう語った。
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