一階下る毎に空気は淀み、臭気は増す。最後の階段を終えると出口らしき扉が現れた。

そこで振り返った団長は突然、小刀をドラクールの喉元に押し当てた。

「何の真似だ?」

「有り金を全部出してもらおうか。」

「随分と粗末な脅迫だな。」

ドラクールは素直に金を渡した。

だが、フードの下の彼の黒耀石の様な闇色の瞳には、動揺の欠片も無い。それを見た団長は苦笑すると同時に、小刀をしまった。

そして強くこう言った。



「二度と来るな。」












綿の様に疲れ果てたドラクールは、何度か落馬しそうになりながらも無事に戻った。

カーミラとは会話らしい会話もしないまま、彼は深い眠りに落ちた。






夕食を運んで来たベネディクトは、その姿に意表をつかれた。

普段は頭まで布団を掛けて壁の方に向き、背中を丸めて静かに眠っている彼だが、今は仰向けで寝息をも立てて無防備な寝顔を曝しているのだ。

━━今朝は一体、何をしていたのかしら?

当然、彼女はルーヴィンから朝食の時は変わった様子はなかったと聞かされている。

時間的に、あのまま馬に乗って部屋に戻り朝食を摂ったと考えるのが自然だろう。

━━乗馬の練習?でも何故…。

彼女の伏せた瞳には、憂慮が色濃く浮かび上がっていた。



━━お願い。私達を敵に回す事だけは、しないで頂戴ね。



開(ハダ)けた布団を掛け直すと静かに部屋を後にした。

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