錯覚かとリュユージュが瞬(マジロ)いだ後にはもう既に、ドラクールの瞳は闇色に戻っていた。

リュユージュは此処で漸く、自分が劣勢に立たされている事を察した。

それは論理的に説明が出来るものではなく、本能的に感取した危難であり、余りにも歴然としているその差異にリュユージュは絶望した。



「こいつらに手を出すな。」

ドラクールは怒声を上げた訳でも殺気を放った訳でもない。

「頼む。」

静かに言葉を放つ彼はまるで、全てを諦観している神が天より現を観照しているかの如く、崇高な存在だった。



元々が鋭敏なリュユージュの直感は、ドラクールと対峙した事により必要以上に研ぎ澄まされ過ぎてしまっていた。

それ故に、図らずも畏敬の念を抱いてしまった事が、諾意を示さざるを得なくなってしまった原因である。

「…。分かった。」

その言葉を聞いたドラクールは安堵の表情を見せると、わざと大きな溜息を吐いた。

「お前、面倒くせェな。」

「知らないよ。」

リュユージュは目を伏せると、剣を鞘に収めた。

ドラクールはそれを確認した後、改めてロザーナを見る。

彼はリュユージュの白刃に危機を感じはしたが、断じて気圧されたのではなかった。

不本意ながらもロザーナの意向に従ってしまったのだ。そんな自身が少し、癪に障った。

━━この女、良く似ているな。

赭色の髪と金色の瞳を持つロザーナに、カーミラを重ねていた。






「ところで貴女、本国に強制送還されたんじゃなかったの?」

リュユージュはロザーナを振り返る。

「脱獄して来た。私は未だ、本懐を遂げていないのでな。」

「勘弁して。僕、また怒られる。」

リュユージュは敗北を宣言したロザーナの命を奪う事は、しなかった。それは騎士として彼なりの敬意であり、またそれが矜持でもあったからだ。

「貴殿に迷惑を掛ける様な事はしない。」

「もう、貴女がここに居る事が既に迷惑だよ。」

索漠とした態度のリュユージュに対し、ロザーナは微笑を返す。

「私は、反政府軍『リベルター』の一員なのだ。此の度は、本格的に行動する為に亡命して来たのだよ。」

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