「ある訳がないわよね。」

ベネディクトは一人言を呟き、便覧と鉛筆を机に放り投げた。

溜息を漏らして頭を抱える。

「恐らく、農耕馬ではないだろうし…。」

椅子に座り直しながら、彼女は件の駿馬を思い出す。

朝日を受けて目映い程に輝いていた、月色の毛並み。その走りはとても力強く、それでいて優雅に大地を蹴り駆け抜けて行った。

息を呑む程に美しかった、あの駿馬を。



あれが農耕馬にしろ軍用馬にしろ、馬が一頭行方不明になっていたりしたならばかなりの大事だ。自分の耳に入らない筈がない。

「一体どうして手に入れたのかしら。」

該当する馬の売買について一切の記録が残されていないという事は正規の経路ではなく、必然的に闇市場で手に入れたという結論に達する。

ドラクールが小銭を稼ぎ酒を買っている事は、黙認していた。

しかし、一晩の酒代と闇相場の馬とでは額に差があり過ぎる。

小銭を溜め込んだにしても、到底手が届かないだろう。

「まさか…。後援者か共犯者が?」

これまで他人とは一切の関わりを持とうとしなかった彼の性格を逆手とり、身辺調査などはしていなかった。

だが最近になり、不穏当な発言や行動が目立つようになって来た。ベネディクトが危機感を覚えるのは当然と言えよう。



彼女は顔を上げ、今し方届けられたばかりの宝冠に目を向けた。

これは先頃の死刑を執行した労苦への報奨である。

「増えるばかりね。」

他にも、盾や像、杯などが幾つも並べられていた。

つまり此れらの数と同じだけの生命を、ベネディクトはその手で闇に葬って来たのだ。



彼女はふと、思い出した。



咎人の家族の消息の情報が、未だ不明である事を。

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