静謐な時間を切り裂くように振り下ろされた腕は、おしみなく壁を叩きつけられた。
そんな様子を見守るしか出来ないでいる鬼道は事の重大さをどう切り抜けるか模索するが、不動はそんな鬼道を見下げたまま立っている。

 
「なぁ、鬼道クン?
あんた、この間キスしてたよなぁ?キャプテンと」

「あれはキスというよりも事故だ。故意に行ったものではない」

 
壁に背中を宛てたまま座り込んでいる鬼道は自分を逃げないように片手をついたままの不動を見上げた。
しっかりしたその声色に嘘偽りの色は孕んでいなく、それが不動を苛立たせていることに繋がる。

 
【ホリック】


部活終了時、一緒に食堂へ向かおうと円堂を誘った鬼道は、自室に荷物を置き次第廊下で円堂を待った。さほど待っていたのではなかったが、円堂は部屋を出て鬼道をみるなり申し訳なさそうに頭を掻いた。こっちへ来る、その途中に飛び出ていた釘に足を取られて鬼道を巻き込んで躓いたのだ。怪我はしておらず大事に至ることがなくて何よりであるが、その時の接触を偶然目撃してしまった不動は今、鬼道を詰問していた。

鬼道や円堂の当事者二人は驚いたし、激しく動揺した。恥ずかしくて、何を言ってよいのか分からず黙り込む二人を見ていれば、不動はやり場のない思いが募り、居てもたってもいられなくなる自分が居ることに気付いた。常に冷静沈着である鬼道の取り乱す姿をみたことがなかった不動は、酷く苛立ちさえ覚えた。
 
形式的に言えば二人は友愛の枠を飛び越えての関係である。その過程にある階段を何段か跳ばし、また、何回かを踏み外して今に至る。しかし、今に至った後、鬼道の態度は従来と然程変化がみられず、不動もまた、何か特別に意識したとかでもなかった。

 
「あんな顔真っ赤にしちゃってさ。……ったく、やってらんねー」

 
不動をみる鬼道は、いつもとなんら、変わりのない。過ぎたことだ、仕方ないといっそのこと切り捨ててくれた方が楽だと、考えの甘っちょろい鬼道を非難したい。がしかし、自分が円堂に紛れもなく嫉妬していると認めるのが嫌で口には出せなかった。
代わりに出た言葉は鬼道と不動、両方に向けた言葉である。
いつもみる表情はどこか、自分をみていない気がして嫌だった。想いは蓄積するのに関わらず、不動はそれをどう扱ってよいのか分からずにいる。嫌いだと思っていた奴なのに他の男と絡んでいるだけでイライラする、天邪鬼な考え方。自分さえ触れれずにいるそれを、一瞬にして掠め取ってしまったこと。
 
故意でないのは分かっている。けれど、分かっていない。
分かりたくもなかった。
 
 
「不動」

「なんっ」

 
なんだ。
苛立ちに任せてそういうつもりだったのに、言葉は中途半端な形で区切られた。
不動が考えている最中、黙りこんでいた鬼道が不動の腕を引っ張ったのだ。壁で己を支えていた不動は鬼道の突発的な行動に対応するより早く身体が傾き、鬼道に覆い被さる形で倒れる。

 
「てめェ、なに急、に……」

 
怒声は鬼道の表情をみれば長くは続かなかった。
お互いの距離が近くなったことによりみえた、鬼道のゴーグルの奥。奥に潜む赤い瞳が自分を捕えて逃さない。金縛りに遭ったかのように、不動は動くことが出来なかった。

 
「悪かった」

 
先に沈黙を破ったのは鬼道のほう。

 
「確かに俺の注意が散漫だったために生じたものでもある。だが、俺は円堂との出来事に対してお前に謝っている訳ではない」

「なら」

「お前がまさか、そんな表情をするとは思っていなかったんだ」

 
鬼道が指す、表情がどんな表情か分からない。
不動の考えを見透かしたように鬼道は笑い、自分の上に乗り、動かない不動の耳元に唇を寄せた。

 
「お前でもそんな、可愛い顔をするのだな、と」
 
 
耳元で囁くようにして紡がれた言葉に、背筋がゾクゾクして心臓が早いビートを刻む。口を開けて反論しようにも言葉が出て来ず、そんな不動の姿に鬼道は笑った。
その笑みは、今迄対立していた時に時折垣間見せた蔑むような笑みではなく、いつも円堂達に見せているような、笑み。
 
不動は直感で思った。
嗚呼、見なければよかった、と。
 
  
【ホリック】
(初めて目の当たりにしたものから)
(もう逃げれないと悟る)
 
 
……
霜月七瀬様へ
逆転しそう(する)不鬼です。
やっぱり不動はヘタレが一番似合いますよね。鬼道さんがイケメンで!
ご希望に添えれたか分かりませんが、楽しく書かせていただきました。
ご参加ありがとうございました。
 
20101106




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