臣の手は大きい
私の手では、覆いきれないくらい
休日の昼下がり、珍しく2人きりになるタイミングが巡ってきた
二階のソファが置かれた一角、人が出払った寮内は人の声はせず、まったりとした空気が流れていた
やわらかな陽の光がブラインドの隙間からソファに差し込み、臣の赤みがかった髪を照らしている
ソファに深く座った臣の腿の上に乗り、臣の大きい手を撫でること5分
飽きもせず手のしわをなぞり続ける私を、目を細めてただ受け入れている臣
好奇心を満たす子供を自由にさせるように、臣はただ私を見つめるだけの時間
本当はもっと色々な事を話したい
とりとめのない話、臣と共有したい幸せな話、演劇に関する相談、話し出すと止まらない事は分かっていた
分かっていたから、いまこの時だけは臣とただ触れ合っていたかった
仲間達の誰か1人でも側にいたなら、そういった話をして盛り上がっていただろう
それはそれで大切な時間だ
でも、言葉を交わさずただ触れられる時間はこのタイミングしかなかった
臣にもっと触れたくて顔を上げると、臣の眩しそうな目と目がかちあった
「ん?」
私のしたいことを聞くように、一言そう発し、私の行動を待つ彼は、いつもの穏やかな表情をさらに穏やかにしたような、もうこのまま寝てしまうんじゃないかと思ってしまうくらい柔らかかった
そんな臣にたまらなくなって、臣に預けていた背中を差し込む陽に向けて、臣の方を向くようにして跨った
臣の頬を横から覆うように両手で触れる
目を閉じて、おでこ同士をぶつける
あたたかい陽の光が臣の髪を撫でてキラキラと光る
熱をもった髪先が私の頬をくすぐった
「…臣」
臣の存在を確かめるように名を呼ぶと、臣は垂れ目がちの瞳の焦点を私に合わせ、瞳だけで返事をした
柔らかく歪む臣の琥珀色の瞳に引き寄せられるように、私は臣に口付けていた
唇を押し当てた瞬間、歪んでいた瞳は一瞬大きく見開かれ、気付いたときにはぴったりと閉じられていた
閉じられていた、気がした
正確にはよく見えなかった
私が唇を押し当てて、一拍置いたあと
気付いたら唇を食べられていた
掛かった獲物を完全に自分のものにするみたいに
臣は私の口ぜんぶを食べてしまうみたいに、あのとき見た洋画のワンシーンみたいに、大きな口を開けてキスをしていた
臣の欲望を感じた気がして、すごく恥ずかしくなって目を閉じてしまった
だから、臣が目を閉じて私を食べた瞬間を見逃してしまった
「…んっ、は…っ」
「……なまえ」
狩人から逃げるように、体を離そうとよじったら背中と腰の間あたりを片手で抑えこまれ、もう片方の手は、臣のあの大きい手で掴まれてしまった
先程の寝ちゃいそうな穏やかな臣は鳴りを潜めて、今は琥珀色の瞳がギラギラ光る、
「オオカミみたい」
「…ふ、オオカミ、か」
自嘲気味に笑うと、オオカミは私の耳元に唇を寄せて
逃げるなら今のうちだぞ?
と喉を鳴らした
背中がぞくぞくする
逃げたいなんて、思わない
いつも見せてくれない臣のこんな態度に体の中心が熱くなる
臣がもっと乱れてしまえばいいと、私はわざと体を少し震わせて臣をただ見つめた
臣の垂れ目がちの瞳は、薄く開かれ、視線をわずかに彷徨わせた
挑発的に見える視線に、私の瞳も熱くなる
全身が熱くなりそうだ
臣に見抜かれているだろうか
めちゃくちゃにされたい、この気持ちが
どれくらい見つめ合っていたか、時間の感覚を感じられなくなったころ、臣は頭を思い切り振り、ため息を吐いた
いつのまにか影が差し、臣の髪を照らしていた光は消え、熱くなっていた髪先は冷え始めた
「これ以上、なまえに触れていたら本当にオオカミになっちまいそうだな」
さすがに寮ではまずいよな、と苦笑を漏らし、時間を掛けながら、私の体と手を掴んでいた両手を離した
臣と私の視線はお互いを彷徨った
多分、きっと、もっと触れたいと思っているのに
「続きは寮を出たら、だな」
「…ん」
それは物理的に寮を出たら?それともどちらかが去ったあと?
頭に浮かんだ質問は喉の奥に飲み込んだ
臣は私を宥めるように、自分を納得させるように
私のおでこに優しくキスを落とした
2018.03/01