「…少し疲れたな」
寮に入ってから、騒がしい仲間達と過ごしていたせいかあまり疲れは感じなかったが、長いパソコン操作のせいだろうか
久々に重くのしかかってくるような疲労感を薄っすらと覚えた
机に向かっている体を反らし、腕を上に伸ばす
肩は思いのほか大きめの悲鳴を漏らし、持ち主にその疲労度を伝えた
肩を労わるように回しながら、臣は愛用の椅子から立ち上がった
机の上には一眼レフと、写真を整理するためのパソコンが置かれ、画面にはオールバックの男がドーナツにかぶりつく写真が映し出されていた
もっとも、被写体は1人だけではなく、臣が大切にする彼女の姿もあった
ソファに並んで座り、臣特製のドーナツを幸せそうに頬張る2人の写真は無事に彼女専用フォルダに入れられた
その写真にクスリと笑みをこぼして、臣は部屋を後にした
喉をうるおそうと、談話室へ向かう
休日のお昼近くだ、大抵は誰かがソファに座ってやれゲームだ、やれ少女漫画だと盛り上がっているのだが、今日の談話室は静かだった
扉を開けると、ソファには後ろ姿の愛しい彼女が一人で座っていた
本でも読んでいるのだろうか、めくる音が聞こえる
集中しているのか、こちらを振り向かない彼女
逆に都合が良い
臣はそのまま無言で、ソファ越しに彼女の首元に顔を埋めた
「…っ、なん?!」
「…」
「臣か…」
彼女はビクッと反応して、誰が首元にキスをしてきたのか即座に確かめた
そんなことをしてくる人物は恋人である臣以外あり得ないのだが
「…どしたの、珍しい」
一つ屋根の下で生活を共にする恋人同士ではあるが、仲間たちの手前、積極的に2人きりになるというのも憚られていた
交際を祝福してくれた仲間たちを気遣うように、2人は人前でのスキンシップを控えていた
それに耐えきれず、2人きりになるチャンスを伺って臣の腰に巻きつくのはいつも彼女からだった
1人料理中の臣や、洗濯物を干している臣、様々なタイミングをこっそりと狙って彼女はいつも後ろから抱きつき、臣を驚かせていた
そのたびに臣は優しく
「こら、急に抱きついたら驚くだろ?」
と、彼女を諭す
その言葉に彼女は内心喜びを隠せなかった
抱きついてもいいのだと、自分は臣の恋人なのだと、そう強く実感していた
臣も臣で、後ろから近づく気配に気付いていないわけではなく、小さいスリッパの音から愛しい彼女だと勘づいていた
仲間達には秘密のスキンシップは、いつも彼女から仕掛けるものであった
だからこそ彼女は臣の態度に違和感を覚えた
彼女の問いに、小さく唸って鈍い反応を返すだけの臣
くすぐったそうに彼女は小さく身をよじった
そんな彼女を逃すまいと、腕を交差して、彼女の両肩を抱いた
「…臣」
「悪い、もう少しだけ…」
自分が思っていたよりも声が小さくかすれ、自分自身に苦笑を漏らす
寮の仲間には頼られているはずの頼もしい自分はどこか遠くに行ってしまったようだ
「臣、おいで」
肩を抱かれたままの彼女は、少し動きづらそうに臣の方を向き、ソファの隣部分をポンポンと軽く叩いた
そんな彼女に臣は大人しい大型犬のように素直に従う
肩を抱いていた腕をほどき、彼女の後頭部にキスを落とし、彼女の隣ぴったりに腰を下ろす
ソファが沈み込む感覚に、彼女はくすぐったさを覚えながらも真横に座った臣を真正面から見つめる
じっ、と一瞬臣を見つめたかと思えば、おもむろに両腕を広げた
そんな彼女に面食らい、動きが止まる
なんだ、どうしたらいいんだ
困惑する臣をよそに、彼女は再度
おいで、と臣に微笑みかけた
ああ、と、臣は理解した
彼女は真正面から臣を受け入れたかった
いつも自分を受け入れてくれる臣を、今度は自分が、と
臣はいつも自制している感情を発散させるように、チャンスを逃すまいと正面から彼女を抱き寄せた
彼女の首筋に顔を寄せ、彼女の甘い匂いを堪能する
臣の息が首にかかり、ふふ、と笑う彼女を食べるように、包むように、彼女の全てを味わうように抱き寄せた
彼女の胸の上辺りに顔をすり寄せる
彼女は少し慌てる様子を見せたが、臣は構わず顔を強く擦り付けた
ただ甘える臣の姿に、やましい気持ちはないのか、と安心したような、残念に思うような気持ちを誤魔化すように彼女は臣の髪を撫でる
短く、硬めの髪質は、自分の髪と違って、まさしく男のもの、といった感じだ
そんな些細な違いにも、臣は自分とは違う、男なのだと実感させられて、髪を撫でる指先もぎこちないものになってしまう
そんな彼女の指先も、臣にとってはまるで蜂蜜のような
なめらかで舐めとりたくなるくらいの甘いものだった
彼女の胸元を堪能した臣は、彼女の顔に自身の顔を近付ける
経験の浅い彼女は、顔を寄せてくる臣に身を固くし、臣の行動を待つ
そんな彼女が可愛くて仕方ないというように臣は笑みを彼女の鼻先に落とした
「…」
「…」
鼻先がわずかに触れ合う距離で止まったまま見つめ合う2人は対照的だった
臣は甘えるように、鼻先が擦れ合うよう顔を少しずつすり寄せる
彼女はそんな臣に、どうしたらいいか分からないようで固くしていた体をより固めていた
呼吸が浅くなる彼女がおかしくて、おでこにキスを落とし、彼女の頭を抱えるように抱き寄せた
彼女は安心したように息を吐き、腕を臣の背中へと小さく回した
「悪い、楽しくなっちまった」
「…心臓に悪い」
「悪かったって」
ごめんな、意地悪しすぎた、と笑みを彼女の側頭部に押し付けた
自室で感じた疲労感は、いつのまにか溶けてなくなっていた
「…臣、いつでも頼ってね?」
労わるように、居場所になるように、彼女は臣の首筋に言葉を落とした
そんな彼女に臣は、彼女にだけ聞こえるように耳元に唇を寄せた
「愛してる」
2018.03/01